『20センチュリー・ウーマン』(マイク・ミルズ/2016)


感傷的な気持ちに身を任せると
星の明かりが部屋に差し込んでくる
あなたの愛に満ちたやさしさは
まるで暗闇を照らす炎のよう
「In a Sentimental Mood」


スーパーマーケットの駐車場で燃え上がるフォード・ギャラクシー。少年ジェイミーが生まれたとき家まで運んだ父の車が炎上するシーンから『20センチュリー・ウーマン』は始まる。劇中で使用されるザ・レインコーツの曲名「スーパーマーケットのおとぎ話"フェアリーテイル・イン・ザ・スーパーマーケット"」に倣う出発点を持つこの作品は、車の炎上=父の消失〜母親の物語、正確には複数の「母親」の物語への移行を、守られた迷い子の歩みのように表象する。ちょうどスケートボードに乗ったジェイミーの後ろを車からやさしい眼差しで追う母ドロシアの庇護のように。ドロシアの誕生日パーティーではベニー・グッドマンのバージョンの「イン・ア・センチメンタル・ムード」が木調の家に懐かしく響くだろう。この曲はデューク・エリントンが亡くなった母親に捧げたインストゥルメンタルとして知られる(歌詞はその後付けられたもの)。この作品において、2つのジャズ・スタンダードの響きは、1979年を彩る刺激的なポップミュージックと共に、基調となるおおらかな響きを持つことになる。





そう、マイク・ミルズは『20センチュリー・ウーマン』において、「響き合い」の生まれる瞬間を丁寧に掬いとる。登場人物が誰かに発した言葉は、発信者である本人に全力で跳ね返ってくる。全力でぶつけた言葉が失敗も含めて全力で返ってくる様を、私たちは何度も目撃する。マイク・ミルズは、その切実さの中にこそ関係性=映画が生まれるのだと信じている誠実な映画作家だ。息子ジェイミーを怒ったあとに泣いてしまうドロシアに。妊娠が困難になったアビーから「子供を持つことは人生の最大の経験だった?」という質問を受け、即答でイエスと答えた後すぐに「ごめんなさい」と謝るドロシアのやさしさに。「あの頃の私は生意気で、いつもイライラしていて、、、とてもハッピーだった!」と過去を振り返るアビーの独白に。「10代の頃聴いていれば、もっと楽になれたと思う」曲たちをジェイミーに聴かせ踊るアビーに。いつも二階の窓から登場(!)し、ジェイミーと添い寝するジュリーに。自分の言ったこと、したことの現在への反響が切実に迫ってくる。ここにあの素晴らしい『ビギナーズ』のTシャツの言葉を思い出す。「My personality was created by someone else」。そして、そんな大好きな彼女たちから、「女性」についていろんなことを学びたい少年ジェイミー。「いい男になりたい」とジェイミーは願い、学び、実行し、失敗する。ジェイミーに限らず、実行と失敗を繰り返し描くところにこそ、マイク・ミルズの「響き合い」はある。




スケートボードに乗ったジェイミーを後ろから車で追うドロシアのショットには、保護者であるのと同時に、息子の成長に追いつけない(ジェイミーがどんどん離れていく)母親の悲しみが表されている。『20センチュリー・ウーマン』が感動的なのは、ジェイミーの急激な成長に手を焼くドロシアの反応をジェイミーが待っている、その瞬間をショットとしてきっちり捉えているところだ。わざと母親を挑発することを言った後、自分の欲しい答えを待っているジェイミーの迷子のようなリアクションを見逃してはならない。ジェイミーは母親の真実を待っている。「ウソはダイアログに。真実は風景に。」とはケリー・ライヒャルトの言葉だが、こういう一面的でない演出が出来る映画作家を私は心から信じる。だからこそ、「母さんがいれば僕は大丈夫」と伝える二人のシーンに、嗚咽のように泣いてしまう。たった一度だけ。ジェイミーが髪をドロシアにブリーチしてもらってからの、たった一度だけの真実でこの映画はかけがえのないものになる。




映画館を巡る旅の記録をエッセイ風に仕上げたマイク・ミルズの短編『So Many People』(こういう作品をたくさん撮っている)では、各地の劇場のお客さんがカメラに向かって「ハーイ!」と笑顔で応えるショットが地名と共に繰り返される。見ているこっちが思わず笑顔になってしまうようなユーモア溢れる作品なのだけど、モノクロで捉えられたこれらの風景は、いつの時代の何処だろうと、人々の笑顔、喜びを表すときの感情に変わりがないことを示している。マイク・ミルズは『20センチュリー・ウーマン』において、時代の変化によって移ろい、変わっていく人々を描くのと同時に、いつの時代も変わらない、とどまり続ける感情を描く。「イン・ア・センチメンタル・ムード」で、母親の誕生日を祝福したように、この映画のもう一つのジャズ・スタンダード「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」は、謎めいた大好きな母親、大好きな女の子たちへ贈る最高の「響き」だ。


これだけは心に留めていてほしい
キスはキスであり、ため息はため息だ
恋の基本はいつの時代にも当てはまる
いくら時が流れようと
「As Time Goes By





2017年を代表する大傑作!ありがとう、マイク・ミルズ
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