『悪の華』(クロード・シャブロル/2003)


輸入DVDでゼロ年代シャブロル。こちらは以前シネフィルイマジカ放送された作品だそう。ゼロ年代シャブロルの特徴はカメラが自由闊達に動き回ることなのだろうか?まずタイトルバックに被さる長回しのファーストショットが所謂「亡霊ショット」というやつで、この無人称のカメラが屋敷の扉を開けズンズンと前進、たまに横を向いて室内の女性を覗き見たり、階段の手摺りを非常に柔らかい滑らかな動きで登っていく、と、寝室に入ったカメラが床に横たわる額から血を流した男性の死体を捉える、というオチ。ここで扉を開けた途端に屋敷全体に響き渡るダミアの唄う「想い出"Un Souvenir"」(ちょっとドイツ語の響きのように聞こえる)が不穏なノスタルジーを招く、と共に、このファーストショットはこの作品の主役が人ではなく屋敷なのだということを雄弁に語っている。屋敷の壁に染み付いた忌まわしきシミのようなもの、ダミアの唄う”繰り返される「想い出」”=悪循環の歴史こそが、この映画のテーマなのだと。シャブロルが演出で示すように、この物語の登場人物、殊に女2人(老婆=スザンヌ・フロンと若い女性=メラニー・ドゥーテ)は鳥籠の檻の中に囚われている。


近親相姦(ブノワ・マジメルメラニー・ドゥーテ)めいた家系の悪循環の歴史を描く一方で、この作品はユーモアとミステリーの要素を覗かせる。息子娘の母ナタリー・バイの選挙活動を妨害するために、家族の忌まわしい歴史に関する怪文書が送られる。ここでの家族の秘密の全てを知っているはずの老婆スザンヌ・フロンの、それとなく我関せずな身のこなし方。選挙活動で訪れた育児施設の子供たちから「帰れ」コールを受けるナタリー・バイ。特筆すべきはシャブロル的ともいえる食事シーンの充実。ブノワ・マジメルメラニー・ドゥーテの会話を交えながら上唇と下唇を順番にお互いに吸い込むようなエロティックなキスシーンと、レストランで牡蠣を食べる二人の吸い付きの音がとても似ているのが面白い。


鳥籠の檻の中に囚われた2人の女性の奇妙な結託が終盤に結ばれる。ある無抵抗ではいられないキッカケでメラニー・ドゥーテが事件を起こす。この事件の処理をスザンヌ・フロンと共犯で処理するとき、歴史の秘密が一息で暴かれる。切羽詰った状況なのに思わず笑ってしまう女性2人を捉えた階段ショット(この階段の使い方が効果的というかシャブロル的。本作は食事と階段の映画ともいえる)は、この映画の最大のハイライトだろう。天使のような無邪気な悪意で2人は爆笑する。何事もなかったかのように階下では当選パーティーが開かれる。


あまり高く評価しない方もいるみたいだけど、このどこまでも優雅で上品な悪の華を咲かせる犯罪は、これぞシャブロレスク!と呼ぶにふさわしい。