『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』(パブロ・ラライン/2016)


『Jackie』


『ジャッキー』に寄せられた言葉で、ナタリー・ポートマンがインタビューで語った言葉に敵う批評はありえない。曰く、「聡明なジャクリーンは自分が記者に語る言葉がそのままアメリカの物語になることを知っていた」。そう、『ジャッキー』はジャクリーン・ケネディの辿った数奇な運命よりも、彼女の創り出したアメリカの「物語」に光を当てる。大衆の目の前に出るためにリハーサルを重ね、鏡の前で有名なピンクのシャネルのスーツを着て本番に向かうジャクリーンの姿。バレンタインデーに全米で放映された、ジャクリーンがホワイトハウスを紹介する『ホワイトハウス・ツアー』(ホワイトハウスはジャクリーンによって内装を一新。新しいアメリカの理想のイメージを提示した。監督は後に『猿の惑星』を撮るフランクリン・J・シャフナー)の撮影のために、秘書のナンシー・タッカーマン(グレタ・ガーウィグ)と台詞の合わせ読みを繰り返すジャクリーン。新しいアメリカのイメージのために演技をするジャクリーンと、そんな彼女を完全に理解した上で演じるナタリー・ポートマンの凌ぎ合いこそが『ジャッキー』を特別な映画にしている。ファーストショットからどうしようもなく「女優」を感じさせるナタリー・ポートマンの素晴らしさ。『ジャッキー』はジャクリーン・ケネディという伝説のヒロインを描いた映画に留まらず、ナタリー・ポートマンという聡明で偉大な女優を描いたドキュメンタリーでもあるのだ。




『Jackie』


実際の『ホワイトハウス・ツアー』を見れば分かるとおり、この作品のためにジャクリーンのあらゆる映像や音声に触れたというナタリー・ポートマンの声(声色、発音、アクセント!)の憑かれぶりには鳥肌が立つほど驚かされるが、何より素晴らしいのは、ジャクリーンの亡霊を捕まえようとするナタリー・ポートマンをこの作品が捕まえていることだろう。この作品で強く印象に残るショットは、前半のほぼアップで迫るジャクリーンの悲哀を堪えた顔と、大きめの空間を彷徨う姿を後方から捉えた、ジャクリーンの幽霊のような歩行だ。それはジャクリーンがイメージによって描いた光り輝くアメリカの物語(ジャクリーンの語るところの「キャメロット」=王国)と対を成す、喪のイメージであり、その対照的な光のトーンの変化がジャクリーンの肖像を立体的に浮かび上がらせる。




『Jackie』


パニックになったジャクリーンが狙撃によって飛び散ったケネディの肉片をかき集めて、シークレットサービスが大統領夫妻を守るため車によじ登るーーーケネディが暗殺されたときの映像を思い浮かべることのできる私たちは、あの時、あの車が止まらずにそのまま走り続けていた風景までは知らない。『ジャッキー』におけるジャクリーンの彷徨は、「キャメロット」というイメージを作り出してきた彼女の王国が崩れていく、足を失った心象風景であり、対照的に葬列さえもが「キャメロット」という王国を維持しようとしたジャクリーンの聡明なるイメージ=演技の選択なのだ。その演技は想像を絶する悲しみの上に成り立っている。「キャメロット」という王国を去る際にグレタ・ガーウィグが無言で語りかける仕草。カメラの前で演技をすることそのものに向けられたそのオマージュを思い出し、静かに黙祷を捧げる。演技というものが、怒りや悲しみの上に成り立っていることに。



『Jackie』


『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』は3月31日公開。
http://jackie-movie.jp


追記*オリバー・ストーンの『JFK』とエミリオ・エステベスの『ボビー』は自分の中でもJFK映画の大・大・大・金字塔。ここに『ジャッキー』が加わることの豊穣さ。記事で触れたジャクリーンが案内する『ホワイトハウス・ツアー』はYoutubeで見れます。『ジャッキー』見たあとに見るのがいいです。ミカチュー(Mica Levi)による劇伴は、劇中のグレタ・ガーウィグ(本当に賞賛すべき名演だと思う)やジョン・ハート(追悼!)のように、どこまでもサポートアクトに徹してて素晴らしい。

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Jackie

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