『ネオン・デーモン』(ニコラス・ウィンディング・レフン/2016)
『The Neon Demon』
『ネオン・デーモン』を撮るにあたって、カメラマンのナターシャ・ブライエ(あの美しいホセ・ルイス・ゲリン『シルビアのいる街で』を手がけた名カメラマンだ)はジェームズ・タレルの光を参考にしたという。『ネオン・デーモン』における光の図形は、ジェームズ・タレルを経由して、その変形する図形=美の形をオプ・アートの「めまい」の作用にまで源泉を辿る。デザイナーのロベルトによって「唯一の美」と定義された少女ジェシー(エル・ファニング)は、意識/無意識のギリギリの狭間でコントロールされていた己の美を、未知の体験によってコントロールの効かない領域にまで「変形」させてしまう。オプ・アートにおける「めまい」のようにジェシーの体に入り込んでくる様々な光の模様。モデルたちの顔が明滅するあの美しくも不気味なパーティーシーンにおいて、鏡の国に迷い込んだアリスのようなジェシーの体に、閃光のような光が貫通するのは、象徴的だ。いわば、ジェシーは光によってその美しい身体を侵されてしまう。『ネオン・デーモン』において光とは侵入者=悪魔に他ならない。そして光を感知するもの、それが目だ。
『The Neon Demon』
『Henri-Georges Clouzot's Inferno』
かつてアンリ=ジョルジュ・クルーゾーは呪われた未完の傑作『地獄』において、ロミー・シュナイダーの美しい体に複数のネオンの光を照射することで"地獄"を表出させた。当時のオプ・アートに影響された『地獄』は暗転した世界における、めまいを起こすような光の侵入=侵食によってロミー・シュナイダーを次々とメタモルフォーズさせていた。変身物語としての『ネオン・デーモン』。岡崎京子『ヘルター・スケルター』のごとく整形に整形を繰り返すモデル、美の怪物ジジ(ベラ・ヒースコート)は、自然の美であるジェシーと対置されるが、何よりも脅威であり、悪魔であるのは疑いなくジェシーの方だ。ネオンの光の貫通(儀式のようである)によって体を侵食されていくジェシーは、その度に美のバージョンアップを繰り返す。オーディション会場で既に「みんながわたしに憧れる」存在だったジェシーを涙目で見つめるサラ(アビー・リー)の無言の視線が素晴らしい(シーンが変わるとショットの中心にサラの羨望・嫉妬・敗北の視線がある)。このとき既に写真家ジャックによって、全身を黄金に塗られ、月そのものへのメタモルフォーゼの通過儀礼を済ませていたジェシーは、他のモデルたちの敵わない領域にその存在を踏み入れている。子供の頃から月に憧れ、月に語りかけていたジェシーは無意識の内に月そのものになっていた。
『The Neon Demon』
ただ一つの発光体へとメタモルフォーゼを遂げたジェシーの運命は、終盤にもう一つの美を手に入れることになる。美しいファーストショットと呼応するジェシーの運命は、ジェシーの身体をも超え、どこにでも行くことができる旅をはじめる。通貨は旅をする。ロベルトの「美は通貨だ」という言葉が超越的に反響する。そのとき、ジェシーの視線は、美しい生にも美しい死にもなれなかった女の子たちに無言の切り返しショットとして向けられる。プールの底から。同時に、夜の空から。不在の切り返しショット。それはかつてジェシーが子供の頃、月に語りかけていた言葉とノスタルジックな反響を起こすだろう。ハロー、ムーンライト。ドゥ・ユー・シー・ミー?(わたしが見える?)
『The Neon Demon』
Elle Fanning & Nicolas Winding Refn
追記:『ネオン・デーモン』と10本の映画リストの記事。直接的なレファランスとしてはダリオ・アルジェントの『サスペリア』が第一に挙げられるけど、この中では個人的にはトニー・スコットの『ハンガー』と、「旅をする眼球」という意味でアーヴィン・カーシュナーの『アイズ』が近いと思った。前者は大好きな作品。デヴィッド・ボウイとカトリーヌ・ドヌーヴ共演による傑作。ハリウッド内幕物(大好物)として近似性を感じる作品は正直言われるほどないかなと思います。むしろケネス・アンガーの著書『ハリウッド・バビロン』を読んでいた方が、想像力の下敷きとしては、いろいろ広がっていくので面白い。ちなみにレフンがエル・ファニングに見せた映画はマーク・ロブソン『哀愁の花びら』とラス・メイヤー『ワイルド・パーティー』。ご参考までに。
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