2013年ベストシネマ
年が明けてからこの記事を読むという方には、新年明けましておめでとうございます。一年の終わりの日にこの記事を開いたという方には、よい新年が迎えられますようにと、一年の始まりと終わりのご挨拶。さて、恒例の年間ベスト。例年20本に纏めるようにしていたのだけど、今年は25本。最後の5本を「その他」にすることができなかったというのが理由。個人的なことだけど、2013年は長く愛着を持っていた仕事が不安定になってしまい、最終的に仕事を辞めざるを得ない状況になり、間違いなくこのブログを始めてから一番映画館に足を運べなかった年だった。そんな状況の中で優れた映画に触れたときただ思うのは、一本の作品はそれ単体では決して人生にはならない、という当たり前のことだった。映画はスクリーンに映し出される知らない誰かの時間と共に生きる装置でもある。いかにその時間を共に生きることができたか。だから一年の終わりにこうやって振り返ることはとても有意義なことだと思う。それは作品を振り返ることだけではなく、実際に生きた時間を振り返るということだから。「クリア・ビュー・ポイント」(ミア・ワシコウスカの監督デビュー作品のタイトルだ)。視点が一度クリアになる。レオス・カラックスは来日したとき、言っていたね。自分がもはや前作を撮ったのとは同じ人間ではないという確信が持てないと、新作は撮れないって。カラックスの言葉を真に受けるということではなく、『ホーリー・モーターズ』という作品は、どこからが新しい自分なのか、どこまでいっても自分は自分なのか、という疲労そのものが喜劇的な鮮やかさで描かれていた。深い悲しみと共に。朝6時30分からユーロスペースに並んだのも作品と共に本当にいい思い出だ。
前置きが長くなったけど、以下に25本のリストを。森崎東『ペコロスの母に会いに行く』と濱口竜介『不気味なものの肌に触れる』は未見。また、ウェス・アンダーソン『ムーンライズ・キングダム』、ハーモニー・コリン『スプリング・ブレイカーズ』、マルコ・ベロッキオ『眠れる美女』は昨年のベストに入れたので対象外にした。いずれも改めて見直して新たな発見に溢れた素晴らしい作品だった。(昨年のベストはこちら→ http://d.hatena.ne.jp/maplecat-eve/20130101 )
1.『ホーリー・モーターズ』(レオス・カラックス)
Holy Motors/Leos Carax
2.『ザ・マスター』(ポール・トーマス・アンダーソン)
The Master/Paul Thomas Anderson
3.『プロミスト・ランド』(ガス・ヴァン・サント)
Promised Land/Gus Van Sant
4.『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』(ジム・ジャームッシュ)
Only Lovers Left Alive/Jim Jarmusch
5.『MUD -マッド-』(ジェフ・ニコルズ)
Mud/Jeff Nichols
6.『Main Dans La Main』(ヴァレリー・ドンゼッリ)
Main Dans La Main/Valérie Donzelli
7.『孤独な天使たち』(ベルナルド・ベルトルッチ)
Io e te/Bernardo Bertolucci
8.『Les Salauds』(クレール・ドゥニ)
Les Salauds/Claire Denis
9.『ラブ・イズ・パーフェクト・クライム』(アルノー&ジャン=マリー・ラリユー)
L'Amour est un Crime Parfait/Arnaud Larrieu, Jean-Marie Larrieu
10.『家族の灯り』(マノエル・ド・オリヴェイラ)
O Gebo e a Sombra/Manoel de Oliveira
11.『フランシス・ハー』(ノア・バームバック)
Frances Ha/Noah Baumbach
12.『Mercado de Futuros』(メルセデス・アルバレス)
Mercado de Futuros/Mercedes Álvarez
13.『熱波』(ミゲル・ゴメス)
Tabu/Miguel Gomes
14.『キラー・スナイパー』(ウィリアム・フリードキン)
Killer Joe/William Friedkin
15.『共喰い』(青山真治)
Backwater/Shinji Aoyama
16.『Ain't Them Bodies Saints』(デヴィッド・ロウリー)
Ain't Them Bodies Saints/David Lowery
17.『ブエノスアイレス恋愛事情』(グスタボ・タレット)
Medianeras/Gustavo Taretto
18.『パッション』(ブライアン・デ・パルマ)
Passion/Brian De Palma
19.『マーサ、あるいはマーシー・メイ』(ショーン・ダーキン)
Martha Marcy May Marlene/Sean Durkin
20.『女っ気なし』(ギヨーム・ブラック)
Un monde sans femmes/Guillaume Brac
21.『グランドマスター』(ウォン・カーウァイ)
The Grandmaster/Kar Wai Wong
22.『Autrement, La Molussie』(ニコラ・レイ)
Autrement, La Molussie/Nicolas Rey
23.『オズ はじまりの戦い』(サム・ライミ)
Oz the Great and Powerful/Sam Raimi
24.『ミュージアム・アワーズ』(ジェム・コーエン)
Museum Hours/Jem Cohen
25.『シークレット・オブ・マイ・マザー』(マチュー・ドゥミ)
Americano/Mathieu Demy
日本公開されてない作品のいくつかには説明を。ガス・ヴァン・サントの新作は、マット・デイモンをはじめとする全てのキャストがいとおしい。長く撮り続けてきたことによって初めて達した画面の年輪のようなものがこの作品にはある。夢中になって見た。いまだにバーのシーンが忘れられない。ジェフ・ニコルズ、ヴァレリー・ドンゼッリの新作は、共に最高傑作。ジェフ・ニコルズは画面の圧倒的な達成。ヴァレリー・ドンゼッリはコンセプチャルな運動の目映いばかりの達成。クレール・ドゥニの新作は夜の肌の残像がゆらめきを止めない幻視的な犯罪映画。夜の残像、それは愛の残像だ。オリヴェイラの新作は蝋燭の風に揺れる微かな動きさえ感動的。メルセデス・アルバレスはビクトル・エリセがホセ・ルイス・ゲリンと共にプッシュしている女性監督。これこそクリア・ビュー・ポイント。ゲリンの『工事中』とジャック・タチが合わさったような傑作。とりあえず恵比寿映像祭などで上映するのがベストだと思う。デヴィッド・ロウリーの作品はルーニー・マーラのベストワーク。70年代テレンス・マリックの子供たちでありながら、これも真っ暗な夜の映画。ルーニー・マーラの顔に光が当たると浮かびあがるような美しさがある。フランスの実験映画作家ニコラ・レイの新作は刺激的すぎる風景論。9つのパートに分かれたフィルムの地形をなぞっていくようなカメラワークに風景が持つ記憶が宿っている。ジェム・コーエンはフガジのドキュメンタリーなどを撮っている作家。美術館に飾られる絵画の瞳に訪れる人たちの姿が映り込む。古典絵画の風景と現在の風景のシンクロ。初老の女性の歌が泣ける。『シークレット・オブ・マザー』はジャック・ドゥミとアニエス・ヴァルダの息子マチュー・ドゥミの監督作品。まさかのDVDスルー(作家の意図を台無しにする邦題。マチュー・ドゥミがどんな気持ちでアメリカーノというタイトルを付けたと思っているのやら)。これはアニエス・ヴァルダ『ドキュメントする人』に思い入れがある自分には涙なしで見れない作品。小さい頃のマチュー・ドゥミと現在のマチュー・ドゥミがクロスしていく。この作品をリストの最後に入れたいがために25本にした。
『ドキュメントする人』(アニエス・ヴァルダ/1981)
Documenteur/Agnès Varda(1981)
ああ、公開された作品についても書きくなってきた・・・。やっぱマメにブログ更新しなきゃ駄目だわ。『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』については書きたいな。ジュリー・デルピーの監督作『ニューヨーク、恋人たちの2日間』は迷うことなくデルピーの最高傑作。形式のなさが強みであり弱みでもあったデルピーだけど、ここでのバランスはお見事。是非シリーズ化してほしい!あとまったく話題にならなかったけど、『バイオレット&デイジー』という映画にはとびきりのシーンがいくつかあって忘れがたい。シアーシャ・ローナンとアレクシス・ブレデルの女の子2人が殴り合いのパントマイムをするんだけど、ここには自分が映画を見て一番美しいと思えるとっておきの瞬間が詰まっていた。シアーシャ・ローナンはウェス・アンダーソンの新作『ザ・グランド・ブタベスト・ホテル』に出演。公開されるか分からないけどケヴィン・マクドナルド監督の新作のシアーシャはかなりよいよ。えーーー主演女優賞は能年玲奈で!と言いたいところだけど、ティルダ・スウィントンが超絶にカッコよすぎて。食いしん坊のミア・ワシコウスカ(マジ最高!)を見守る姿に若干泣いた。能年玲奈はリアクション演技の天才というか、『あまちゃん』の複数台あるカメラの内一つは能年カメラなんじゃないかと推測してるんだけど。それほどに彼女のリアクションの天才(動物的なところ)がよく撮れていて、スタッフもそのことをよく理解していたのがよい。能年ちゃんのリアクション演技が転じて、小泉今日子のブチ切れ演技を完全コピーした瞬間、本気で震えた。
『あまちゃん』
旧作ベストは映画館で上映された作品ではないけれど、特別な女優、ベルナデット・ラフォンの出演作3本を挙げたい。ベルナデット・ラフォンを思うとき、いつも最初に思い浮かべるのはクロード・シャブロルの映画における彼女のことだった。大傑作『気のいい女たち』、『二重の鍵』、そしてあのキラッキラに眩しい『ダンディ』という珠玉の作品。フィリップ・ガレル、ジャン・ユスターシュ、ジャック・リヴェット・・・。ベルナデット・ラフォンがどのように様々な野心的な映画作家とリンクしていったのか。そのことはまだ日本では知られていない。あの天真爛漫なベルナデット・ラフォン。ベルナデット・ラフォンの演技は、いつも世界に対する怒りを胸に潜めていたと思う。あのような演技をする女優を私は他に知らない。彼女がいなくなってしまった2013年。この世界は、寂しくなった。
『What a Flash!』(Jean-Michel Barjol/1972)
What a Flash!/Jean-Michel Barjol(1972)
『Piège』(ジャック・バラティエ/1970)
Piège/Jacques Baratier(1970)
『ポール』(Diourka Medveczky/1969)
Paul/Diourka Medveczky(1969)