『調律師』(キラ・ムラートワ/2004)


ウクライナ映画祭2009」@アップリンクにてキラ・ムラートワを2本。DVD上映、日本語字幕付き。キラ・ムラートワといえば蓮實重彦氏による『長い見送り』評や、赤坂大輔氏の文章で触れたぐらいで、ほとんど何も知らないに等しい女性作家。やっと出会えた。モノクロ画面、無数の貼り紙で埋め尽くされた掲示板(?)の横を体格のよい中年女性が迷い込む幻惑的なファーストショットから、俳優の動きが何処か妙なことに気付く。主人公のピアノ調律師アンドレイのオーバーな所作に顕著なように、表情や動きがサイレント映画のそれなのだよね。身体の動きだけでなく口元の動きも、とにかく早い。字幕を追うのがシンドイくらいの過剰なるお喋り。長い長い螺旋階段を登って更に梯子をつたって辿りつくボイラー室のような(ここの美術/音響が相当にSFちっく)ところにアンドレイと美しい恋人は住んでいる。この恋人がアンドロイドのように同じ台詞を繰り返すのが印象的。「あなたと暮らしていたい。あなたともう少し暮らしていたい。あなたと暮らしていたい。」。こう機械的に繰り返されると寂しさが木霊するようで。この女性(画像の鎌を持った女性)が梯子をハイヒールで降りるシーンが、なんとも艶かしい。


調律の仕事で出向いた初老の女性宅でアンドレイは息子同然に気に入られる。冒頭に出てきた中年女性とこの初老の婦人は親友にして共に未亡人。物語はこの2人が軸となって展開される。婦人を騙して大金を巻き上げようと恋人に唆されるアンドレイ。中年女性の待望の再婚が破談に終わる(列車の外で巨大なぬいぐるみを持った大量の人が出てくるこの奇怪なシーンはちょっと上手く言葉にできない)。仇討ちだと、突然、恋人が銃を構える。『スコルピオンの恋まじない』(ウディ・アレン)への言及(催眠術)。「宝くじが当たった」と初老婦人を騙すクライマックスでは中央銀行の事務員に扮した恋人が男性用トイレでこれに対応する。一卵性双生児が大量出現。って、一体何を書いてるのか自分でも混乱してしまうのですが、、。結婚と金銭をめぐるデタラメな喜劇の果てに結婚と金銭の価値自体が霧消される。結婚と金銭は存在自体を霧消されることで逆に本来の価値を取り戻すというか。最も信用していたアンドレイに騙されたことで途方に暮れているようで同時に何処か安堵を漂わせている長い長いバス移動のラストに痺れる。非常に語りにくい作品ですが傑作でした。