2012年ベストシネマ


年が明けてからこの記事を読む方に、新年明けましてオメデトウゴザイマス。まだ大晦日だよ、という方には、よい新年が迎えられますように。と一年の終わりと始まりのご挨拶。さて恒例の年間ベスト。2012年は新作公開作品と特集上映が質・量共に、近年になく充実していた年で、この眩暈のするような贅沢なスピードに、本当に残念なことなのだけど、ついていくことができなかった。だって本当に凄かったよ。めくるめく一年だったね。特集上映どころか一般公開作でさえ、間に合わなかった作品は数知れない。それでもここに20本のリストを書くのは容易にすぎる作業だった。個人的に2012年という年は、主張することと、それが伝わることはまったくの別物なのでないだろうか、ということを考える機会の多い一年だった。伝わるということは、思考の余白を生むということ、つまるところ、関係性によってのみ結ばれる能動的な感情の話だから。能動的な感情とは各々が自律/自立していく感情のこと。たとえばそれは共感による「総意」という言葉と真っ向から対立するもの。一人の人間の中にさえ、思考/嗜好のグラデーションは多層的にあるものだ。他者のグラデーション、自己の矛盾を含めて、それを正すのではなく、向き合うことを心掛けたい。たとえば窮地に陥ったときのジョークがどれほどの生きた余白=感情を与えるか。ヒーローはいつだって最後に笑いをとることを忘れない、ということは、いくつかの優れた映画が教えてくれたことだ。どんなに悲惨な状況でもきっと笑いは落ちている。笑いは散文的な感情の跳躍を生む。知らない誰かとの関係が予想外の方向から結ばれる。ウェス・アンダーソンの『ムーンライズ・キングダム』は、この先どんなことがあっても旅をすることをやめてはならない、と説いていた。此処ではまるで登場人物の全員に楽器が与えられ、それぞれが終わらないカーテンコールのためのオーケストラを奏でるための身振りを、こちら側に向けている。『ムーンライズ・キングダム』が奏でる、悲しみと可笑しみ、その線の見えない繋がりが奏でるグルーヴ。ただ一つ、忘れない、という約束だけを残してこの映画は終わる。ふと、ああ、生きたいな、と思った。この先も苦しくなったらこの作品=王国のことを思いだすだろう。旅を終わらせないために。だから『ムーンライズ・キングダム』は私にとってちょっとしたヒーローのような映画だ。


1.『ムーンライズ・キングダム』(ウェス・アンダーソン
Moonrise Kingdom / Wes Anderson

2.『ライク・サムワン・イン・ラブ』(アッバス・キアロスタミ
Like Someone In Love / Abbas Kiarostami

3.『Virginia/ヴァージニア』(フランシス・フォード・コッポラ
Twixt / Francis Ford Coppola

4.『アウトレイジ・ビヨンド』(北野武
Outrage Beyond / Takeshi Kitano

5.『愛の残像』(フィリップ・ガレル
La frontière de l'aube / Philippe Garrel

6.『ヘミングウェイ&ゲルホーン』(フィリップ・カウフマン
Hemingway & Gellhorn / Philip Kaufman

7.『眠れる美女』(マルコ・ベロッキオ
Bella Addormentata / Marco Bellocchio

8.『アンジェリカの不思議な事件』(マノエル・ド・オリヴェイラ
O Estranho Caso de Angélica / Manoel de Oliveira
9.『贖罪』(黒沢清
Penance / Kiyoshi Kurosawa

10.『フランケンウィニー』(ティム・バートン
Frankenweenie / Tim Burton

11.『戦火の馬』(スティーヴン・スピルバーグ
War Horse / Steven Spielberg

12.『フォーゴットン・スペース』(アラン・セクラ&ノエル・バーチ)
The Forgotten Space / Allan Sekula & Noel Burch

13.『親密さ』(濱口竜介
Intimacy / Ryusuke Hamaguchi

14.『ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコル』(ブラッド・バード
Mission: Impossible - Ghost Protocol / Brad Bird

15.『スプリング・ブレイカーズ』(ハーモニー・コリン
Spring Breakers / Harmony Korine

16.『愛のあしあと』(クリストフ・オノレ
Les Bien-Aimés / Christophe Honoré

17.『ダークナイトライジング』(クリストファー・ノーラン
The Dark Knight Rises / Christopher Nolan

18.『フットルース 夢に向かって』(クレイグ・ブリュワー
Footloose / Craig Brewer

19.『ディープ・ブルー・シー』(テレンス・デイヴィス)
The Deep Blue Sea / Terence Davies

20.『DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る』(高橋栄樹
Documentary of AKB48: Show Must Go On / Eiki Takahashi


写真家のアラン・セクラと批評家ノエル・バーチによるドキュメンタリー『フォーゴットン・スペース』は、私たちの景色を形作る材料の一つ一つが、どこからどういう経路で運ばれてきたものなのかを追い続ける。縦横に正確な形で運動する港のコンテナの描写に始まり、国境を越えていく貨物列車や船の運動が映画のルックとして、とてもダイナミックに撮られている。これはいわば物質の亡命の物語だ。とはいえ、あくまで主題は亡命する物質の周縁に広がる人々の生活であり、その営みの一つ一つを丁寧に掬い取っている。景色と生活、その断片を集めること。つまりこれは映画作りの根源のことだ。手法的には映像エッセイの手法を取り入れた紛うことなき強固な映画作品。マイケル・パウエルジョセフ・フォン・スタンバーグの処女作が引用されている。


濱口竜介監督の『親密さ』は、映画において人と人の間に生まれる「反射」とはいったい何か、ということについて255分かけてその関係性を探る。映画そのものが探求の映画として在るという批評性と、これがおそらく監督本人にとっても先の読めなかった探求である、という手探りのスリルが見事に同居した奇跡的な作品。濱口監督と瀬田なつき監督の作品には、映画の原初的な線に触れる瞬間が必ずある。ゆえに第2部の電話で手紙を読み聞かせるシーンは涙なしでは見れない。そして「反射」ということを突き詰めてきたからこそ、ラストシーンの美しさは格別なものとなる。夜が明けるまで恋人と延々と歩く。多くの人が経験したことあるであろうノスタルジー。私もその一人だよ。個人的には今年を代表する日本映画。


AKBの新作ドキュメンタリーはメンバーが被災地を訪ねるシーンから始まる。バスに乗ったメンバーに被災地の子供たちがキラキラした視線を向ける。この被災地のメンバーと子供たちのキラキラの顔をひたすら切り返すのみで、優れたドキュメンタリーを成立させることは可能だ。アイドルにしかできないことがある。被災地の子供たちがあれほど無邪気に笑顔を向けられる存在は、おそらく嵐とAKB48以外には考えられない。それぐらい美しいシーンだった。(完全に余談だけど麻里子さまの総選挙スピーチは最高の気分だったね。感涙感銘。見すぎだろってくらい何度もリピートした!笑)



ほか、『グッバイ・マイ・ファーストラブ』(ミア・ハンセン=ラブ)、『3人のアンヌ』(ホン・サンス)、『テイク・シェルター』(ジェフ・ニコルズ)、『星の旅人たち』(エミリオ・エステベス)、『インポッシブル』(J・A・バヨナ)、『4:44 地球最後の日』(アベルフェラーラ)など。ミア・ハンセン=ラブにとっての「男性」とは、ある日突然自分の前からいなくなってしまうもの。前2作では父親という異性と作家との距離が印象的だったが、この最新作でも同じくボーイフレンドという異性の対象への恐れを元に物語は綴られる。つまりこれは処女作『すべてが許される』からの一貫したパーソナルな主題であり、彼女がフィリップ・ガレル『愛の残像』をオールタイムのフェイバリットに挙げる証左にもなっている。そしてこの映画のこれ以上ない美しいラストショットには自立/自律がある。ホン・サンスの新作には「まなざし」の演技ではないイザベル・ユペールに触れることができた。マルコ・ベロッキオが『眠れる美女』の劇中で最大級の賛辞を贈ったように、イザベル・ユペールは当代きっての女優だ。『3人のアンヌ』のユペールはいつもと違うアプローチを試みている。コミカルでひたすらに可愛らしい(!)。まったくなんという女優なんだ。ここまで強固な「アメリカの風景」を切り取ってきたジェフ・ニコルズの次回作はおそらく傑作になることだろう。アベルフェラーラの新作は正直ペラッペラな映画なのだけど、ワンアイディアでキメるアベルフェラーラの、世界に対する咆哮ともいうべき画面捌きには激しく惹かれるものがあった。


主演女優賞は迷いなく『贖罪』の小泉今日子で。もはや日本の女優じゃないみたいだった。『黒衣の花嫁』。まさしくジャンヌ・モローだね。現在のキョンキョンは加齢がむしろ美しい。このまま日本における新しい女優のモデルケースを開拓していくんじゃないか、という気がしている。


そして2013年はついに大本命が来るぜ。レオス・カラックスホーリー・モーターズ』!!!


まったく行けなかった旧作はクリス・マルケル『不思議なクミコ』の一点で。山田宏一さんの本を読んでから長らくずっと見たかった作品を日仏学院のスクリーンで見ることができた。60年代の日本に舞い降りた一匹の猫が撮りあげた、ある日本人女性クミコの影。その影はとても儚く、その視線は猫の目のように予測不能な美しさを堪えていた。クリス・マルケルコスモポリタンを目指したのではなく、きっと生まれたときからコスモポリタンだったのだ。2012年はテオ・アンゲロプロスクリス・マルケルトニー・スコットと大きな訃報が続いた年でもあった。テオ・アンゲロプロスの『1936年の日々』、クリス・マルケルの『不思議なクミコ』、トニー・スコットの『トゥルー・ロマンス』。それぞれ追悼の思いで初見/回顧/再見した作品は、その大きすぎる喪失を痛感するどころの話ではなかった。『トゥルー・ロマンス』の最後のナレーションを、感謝とリスペクトの気持ちを込めてこの3人に捧げたい。


「壊れたレコードのように 3つの言葉を叫んでいた "You're so cool" "You're so cool" "You're so cool"」


あなたたちのような映画作家はもう二度と出てこない。



『不思議なクミコ』(クリス・マルケル
Le Mystère Koumiko / Chris Marker(1967)

『1936年の日々』(テオ・アンゲロプロス
Meres tou 36 / Theo Angelopoulos(1972)

トゥルー・ロマンス』(トニー・スコット
True Romance / Tony Scott(1993)