『破局』(クロード・シャブロル/1970)


続いてついさっき日仏で再見した個人的に偏愛するシャブロル作品『破局』。マネキン化する身体。やはり素晴らしかった。シャブロルの傑作というのは、きまって見てはいけないものを見てしまうシーンというのが紛れ込んでいるものなのだけど、『破局』における、ステファーヌ・オードランと夫が再会、激しく頬を寄せ合うシーンで、背景に二人を凝視する義母(感動しているにしたって怖いよ!)が映る長回し(!)における、義母のマネキン化から、現実が捩れていく後半の怒涛の展開には完全に痺れっ放しだった。あのオバチャンたちの顔といったら!たしかに最初っから意地悪そうな顔してたけど、最後にあんな顔としてスクリーンに映るのだから恐ろしい。思えば、劇中ずっーと裸で演技しているカトリーヌ・ルーヴェルは「マネキン化する身体」の伏線だったのかもしれない。ブルーフィルムにチラッと出てくる黒魔術のような映像は、たとえばフィルムの官能=魔術によって、人の心に致命傷を負わせることができるのか、もっと言えばフィルムの官能で人を殺してしまうことができるのか、ということについて考えさせられる、とても興味深い展開だった。そして時空間の捩れた世界で風船売りの男を「神」と呼び、オバチャンたちと歌まで披露するステファーヌ・オードランは、裏切り/断絶という魔術に囚われた悲劇の国のアリスなのかもしれないな、と思った。ところで怒涛の展開のラストシーンで大きな地震が起きて背筋が凍ったよ。とはいえ目の前で上映されるフィルムと同じく、こちらの現実に亀裂が入っていくようで、不謹慎なのだけど、なんとも素晴らしいタイミングの地震だなーと、むしろ感動してしまったよ。


追記*なんでもない箇所ですが、オードランが空港内を足早に歩く一連のショットが素晴らしかったです。『破局』の上映は明日最後の一回があります。


追記2*『破局』のステファーヌ・オードランも風船売りの男を神にもすがるように見上げる。『破局』のラストカットは空を見上げる仰角の視線がステファーヌ・オードランという主体を離れ「純粋視線」として空に放たれる。それが幸福な開放なのかどうかはともかく。