『NEIGE』(ジュリエット・ベルト&ジャン=アンリ・ロジェ/1981)


2010年にシネマテーク・フランセーズで行われた「ジュリエット・ベルト・レトロスペクティブ」ではリヴェットやゴダールの作品は当然のことながら、自身の監督作品(4本)を含め、長編短編合わせて計18本もの作品が上映されるという、『アウトワン』や『デュエル』(共にリヴェット)に打ち抜かれたジュリエット・ベルトファンとしては羨ましいことこの上ない特集上映だった。ゴダールの『彼女について私が知っている二、三の事柄』で女優としてのキャリアをスタートさせ、1990年にあまりにも早いこの世との別れを告げることになったジュリエット・ベルトという女優の描いた軌跡は、ちょうど『楽しい知識』(ゴダール)で共演したジャン=ピエール・レオがそうであるように、過激なまでの好奇心と野心に貫かれている。ジュリエット・ベルトとジャン=ピエール・レオが入れ替わるようにブラジルの過激な映画作家グラウベル・ローシャの作品に出演したこと。ベルトに関してはさらに南米の映画作家とまるで放浪するかのようにフィルムに身を投じている。この2人の南米への接近に関して文献を読んだことはないのだけど個人的にとても興味がある。「ジュリエット・ベルト・レトロスペクティブ」に関しては以下を参照。『BABAR BASSE'S MOTHER』というのは初耳なのだけど1974年に撮られた処女短編とのこと。
http://www.cinematheque.fr/fr/dans-salles/hommages-retrospectives/fiche-cycle/juliet-berto,295.html



『雪』と題されたこの長編処女作はストリート(移民街)で撮ることにこだわった「夜の人々」に関する映画であり、ストリートを生きるためのフットワークに関する映画であり、1981年という時代の反抗のドキュメントでもある。ステージで楽器のチューニングをする美しい移動撮影のシーン(地下の階段からサックスを吹きながら登場する黒人がカッコいい)から始まるこの作品の多くの場面には、レゲエ/ダブに影響を受けた当時の音楽が鳴っている。ギターの残響でリズムをとるその独特な響きがこの街(ストリート)のリズム=ウォーキング・ミュージックだ。且つ、街の雑音がダブ(音の素材抜き)されたかのように響き渡っているのが興味深い。昼間よりも騒々しい夜の音によって本作は決定的に夜の映画と印象付けられる。すべては夜に起こる。そしてレベル(反抗)・ミュージックは夜にしか響かない。バーテンのジュリエット・ベルトがドレッドヘアーのカリビアンの少年(麻薬の売人)を心配する。常にヘッドフォンをしたこの少年だけに聞こえる音楽と、街の音楽=ノイズはまったく別のリズムを刻んでいる。また、ジュリエット・ベルトがジムで見せる軽やかにしてデタラメなフットワークと、少年が警察から逃げるときの人込みをスルリと抜ける軽やかなフットワークは似ている。どちらも日常のリズムが根底にあるフットワークだと映る。少年がピストルで撃ち抜かれたときヘッドフォンから漏れる音が印象的だ。必死に逃げている最中でさえ、少年は街のリズムではなく内なる音楽のリズムに合わせていたのだ。このことはジュリエット・ベルトと少年の間の決定的な障壁といえるだろう。


『NEIGE』の移民街は世界から弾き出されたような人でごった返している。彼らの反抗とは音楽を聞くことであり、衣装を着ることであり、フットワークであり、手から手へ直に情報を渡すことだ。女装をした男とジュリエット・ベルトが楽屋で話すシーンがある。このときジュリエット・ベルトは『ウィークエンド』(ゴダール)と『デュエル』における自身のイメージの中間をとったような女性に変装する。そしておもむろにナイフを突き出す。このジュリエット・ベルトのイメージが移民の集会におけるカリスマティックなアフロの女性のイメージと重なる。アフロの女性のソウルフルなアカペラの歌の導きによってコンガはリズムを打ち、移民たちは踊りだす。ダンスによるケイオスのようなこのシーンはダイナミックな生の躍動感に溢れている。そして冬の夜の街でもほとんど寄り添い合うことのなかった人と人の距離は、このアフロの女性によって詩的に結ばれる。ジュリエット・ベルトの声にならない絶叫(ホントにすごい声!)に続きがない(言い換えれば永遠に続く)ように、この街に安易な解決はない。上昇するカメラが捉える街のロングショットには、いつまで待っても「雪」は降らない。そこには相変わらずの弾き出された「街」の景色が広がるばかりだ。しかし「雪」は遠くへ去っていく二人とこの街と私たちの想像力にだけ任せられるだろう。それは間違いなくとても美しい光景だ。


追記*「雪」=コカインとかけられてもいる。ちなみに『NEIGE』は1981年のカンヌ国際映画祭のコンペに出品されヤング・シネマ・アワードを受賞している。