『暴走特急 シベリアン・エクスプレス』(ブラッド・アンダーソン/2008)


間もなく新作『リセット』が久々の日本公開となる『マシニスト』の作家ブラッド・アンダーソンによる、日本ではDVDスルーになった前作。ウディ・ハレルソンを贔屓する者としては見逃せないと思いつつ、こんなに遅くなってしまった。独特の色味が早速どんよりとした閉鎖性を表わしてしまうという、いかにも『マシニスト』の作家らしいこの色の重さは、緊張と緩和の目まぐるしい展開によって観客の目を惹き続けようとする戦略を予め拒否した、終始一貫した画面の重さに貢献している。画面の重さというより画面に背負わされた「重石」と言ったほうが的確かもしれない。列車内の交歓パーティーエミリー・モーティマーがふと呟くテネシー・ウィリアムズの一節「悪魔を殺すと天使が死ぬ」の示唆するところを貫くかのように、重石は最後まで取り払われることはない。緩やかな暴力によって空が低く迫ってくるようなこの重さは、「暴走特急」というスカッとしそうな邦題からは想像もつかない画面の濁りを、底意地の悪いスピードで刻んでいく。ちょうど拷問シーンがあるのだが、この拷問シーンのゆっくりと生かしながら殺していくような惨さが本作を貫くトーンだといえる。早い話、なんとも後味の悪い映画なのだが、たとえば今年のアカデミー賞にノミネートされた『ウィンターズ・ボーン』(デブラ・グラニック)のように、本作の雪原の画面に圧し掛かる暴力は、こちらが足をとられるほどに不気味な魅力を放っている。



エミリー・モーティマーがロシア行きの列車で出会ったスペイン人の男カルロスの誘惑によって赴く雪に覆われた地で、彼の誘惑に負けるシーンの繊細にして邪悪な演出に惹きつけられる。彼女の頬に触れる瞬間にスペイン人の親指と人差し指の間にチラリと黒い十字の刺青が確認できるのだ。このときの衣装はヒロイン=白とスペイン人=黒というコンセプチュアルな設計だ。無邪気な大人ウディ・ハレルソンと共に行動することで天使になったヒロインが、悪魔と天使を再度反転させる瞬間が巧妙な早さで描かれている。同部屋になる旅客、黒い衣装を着た天使ケイト・マーラ(ロシア人にしか見えない!)の存在が示唆的だが、この映画では誰もが悪魔に足を掴まれ堕ちていく、と同時に、悪魔と天使の内なる鏡を失くしてしまう。一人の人間の中で悪魔であることと天使であることが等価の「重石」となって雪原や人物という画面に圧し掛かっている。悪魔と天使を行き来することで内なる鏡を失った二人が、頬を寄せ合うことで得られたラストの心の平安は、ブラッド・アンダーソンが提示する唯一の救済の手段だったのかもしれない。「アメリカの真実は本で知る。ロシアの真実は雪の中だ。」としても・・・。

暴走特急 シベリアン・エクスプレス [DVD]

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追記*『ウィンターズ・ボーン』についての過去記事をリンクしておきます。たしかに地味な映画ではあるのだけど、とても面白い作品です。
http://d.hatena.ne.jp/maplecat-eve/20101028#p2


追記2*ちなみに『アンストッパブル』な「暴走」はありません。輸入の未公開物だけじゃなくて普通にレンタル屋さんで借りれるDVDについても何かしら書いていけたら、と思います、、。新作『リセット』は2月5日から公開予定。