『イン・ベッド・ウィズ・マドンナ』(アレック・ケシシアン/1991)

「ブロンド・アンビション・ツアー」のドキュメンタリー。中学校のとき以来の再見。ここで描かれるのはゲイのダンサー(=子供)たちを連れ擬似家族を形成する「母」としてのマドンナであり、聞かん坊の「妹」としてのマドンナである。デビュー曲「ホリデイ」を聴いて感激したニューオーダーのメンバーがマドンナの楽屋に行ったら「Fuxx off!」と追い払われた話や、デビュー前のマドンナが80年前後の伝説のNYダウンタウンを徘徊していた話がソニック・ユースのサーストンから語られていたり(劇中、友人キース・へリングへの追悼シーンがある)、初期〜中期マドンナとNYは非常に興味深い接点を持っている。個人的にマドンナのクリエイティヴィティが頂点に達したのは『エロティカ』だと思っていて、UKのグラウンドビートの流れと共振しつつ(ここに後期イギリスへの接近の胎芽が)、自身の出自70〜80年代NYゲイカルチャーとしてのハウスミュージックへの回帰/アップデートが渾然一体となってアルバムに結実している(例「ディーパー&ディーパー」)。マドンナがゲイのコドモたち=ダンサーを引き連れるに至った成り行きはその出自からし当然の帰結に思える。



ジム・ジャームッシュが大傑作『リミッツ・オブ・コントロール』で「Diamonds Are a Girl's Best Friend」という『紳士は金髪がお好き』(ホークス)のフレーズを言霊のように繰り返し響かせるのはシネフィル的な遊戯というよりも、これはもうほとんどNY的なセンスだと思える。マリリン・モンロー「Diamonds Are a Girl's Best Friend」〜マドンナ「マテリアルガール」への接続はアメリカのポップ史が如何に広大な歴史の上に成り立っているか(参照元が常にある→コスプレ/フェイク)ことを思い知らせてくれる最も分かりやすい例であって、近年ではハーモニー・コリンの『ミスター・ロンリー』を思い出してみるまでもなく、NYのアーティストによるポップ史上の偉大なアイコンへの「コスプレ=まがいもの」への偏執はポップアート以降受け継がれる精神、20世紀と21世紀を繋ぐ伝統芸ともいえるものでしょう。ジャームッシュが『リミッツ・オブ・コントロール』でフェイクとしてのフィルムノワールを撮り上げ、其処にこのフレーズを乗せた、ということに、とても興味がある。


紳士は金髪がお好き』を模した「マテリアルガール」のPV、この頃のマドンナがコスプレ期ならば、ポップアイコンとして絶対的な地位を築いた90年前後は贖罪期と言える。この頃のマドンナは複合的なコンプレックスを前面に出してくる。「母」と「妹」、「闘う女」としての立場がメクルメク入れ替わるというか。ツアーの最中、ゲイのダンサー全員とマドンナがベッドで繰り返し合唱する言葉がとても示唆的だ。


”お金はあるけど、何も買えないマドンナ!”


彼女はフェイクとしての自身を自覚している。


フェイクとしてのコスプレでポップ史上の偉大なアイコンに近づくことに憧れた一人の少女は、何処までもフェイクとしての自分に自覚的だったが故に、フェイクがフェイクを超え真実との境界線を失うに至る、その過程を示すことに成功した。これは世界のズレと何処か似ていやしないだろうか。でもって、どこまでもNY的だといえないか。もはやVIPルームでしか踊れないマドンナが『コンフェッションズ・オン・ア・ダンスフロア』でダンスフロアに帰還したのが感動的だったのは、フロアとのズレをダンスの歓喜と共に乗り越えてやろうという野心が、野蛮なまでに炸裂しているからだと思う。再びマドンナは過程を示す。あの野蛮なまでに素晴らしいABBAのサンプリングと共に!


『イン・ベッド・ウィズ・マドンナ』と関係ない方向に行っちゃいました。幼少時に子守唄の如く聴いていたのがマドンナとマイケルなもので、、。話題のベストアルバムは「アメリカンパイ」が入ってないことだけが残念。ちなみに画像の頃のマドンナが一番好き。

追記*マドンナのパンクス時代(Emmy & THE Emmys)の画像を以下に。他のデモ音源等聴く限りブロンディに憧れてる感じですかね。なんと衝撃なことにNYパンクス時代の動画がYOUTUBEにアップされてる!凄いな、YOUTUBE。デビュー曲は「エブリバディ」ですね。忘れてた。訂正せずに残しておきます。