『美しい人』(クリストフ・オノレ/2008)


フランス映画祭2009、六本木ヒルズにて。前作『Les Chansons D'Amour』(邦題『ラブソング』又は『愛のうた、パリ』)は、そのタイトルから想起させる”ヌーベルヴァーグ”を無邪気にトレースし直すことが許されないドン詰まり感が面白かったり退屈だったりで、個人的には現代フランス映画の迷走ぶり/閉塞感しか感じられずガッカリしてしまったのですが(『Dans Paris』は未見)、イザベル・ユペールの相変わらずの「まなざし」が素晴らしい『ジョルジュ・バタイユ ママン』は不快という声も聞くものの、けっこう好きな作品で、クリストフ・オノレへの態度は保留状態だった。ところがどっこい『美しい人』は素晴らしい。この作品に出会えたことを幸福に思う。レア・セイドゥというKIKIさんみたいな髪型をした素晴らしい女優の発見も大きい。この美しい女優がいなければこの映画は成り立たない。彼女はタランティーノの新作にもキャスティングされている。



ある瞬間、映画が強烈な官能性を堪えて動き出す。転校生ジュニー(レア・セイドゥ)に恋をした純情な青年にグループ一味は「いきなりキスで迫れ」とけしかける。手痛い平手打ちを喰らうだろう予想に反して彼女が彼を包み込むように受け入れるキスシーンが素晴らしい。レア・セイドゥの空ろな瞳が、その唇の繊細な動きが、彼の頬を包み込む手の甲が、極上の官能性を堪えている。そして急激に映画が動く瞬間といえばルイ・ガレル(イタリア語教師)の登場シーンもまた然り。この人がいるだけで画面は何倍も締まる。改めて凄い役者だなと感銘を受けた。



生徒にモテモテの教師ルイ・ガレルがレア・セイドゥに恋をする。「彼女のことで頭が一杯で、足がガクガクしてしまうほど」の恋。言葉による愛の告白は周到に避けるものの、ルイ・ガレルのまなざしや行動全てが告白になっているところがスリリング。特に、授業中イタリア語で愛の詩(歌詞)をレア・セイドゥに読ませるシーンが秀逸。ここから唄=音楽が重要な要素を占めてくる。ジュークボックスから流れる古い愛の唄にレア・セイドゥが空ろな視線を宙に投げるシーンが泣ける。小悪魔(=天才)レア・セイドゥは教師と恋に落ちてしまう前にここを立ち去りたいと願う。ニック・ドレイクを口ずさむ純情青年に惨劇が起き、彼女は不登校になる。たった一度だけルイ・ガレルと決して触れ合うことのないベッドを共にするシーンで、彼女はこう問いだす。「普通の人間の恋はいつまで続くのかな?」。ラスト、この街を去るレア・セイドゥの潮風に吹かれたアップに涙する。素晴らしい!


ティーチ・インではクリストフ・オノレ監督と日仏学院で御馴染みの坂本安美さんが登壇。坂本さんがこの映画を愛してるのがひしひしと伝わってきてよかったです。今度日仏でオノレの旧作を上映する予定だとか。『美しい人』は今までオノレの作品にピンとこなかった人にこそ見て欲しいです。「誰かのことを思って頭が一杯で、足がガクガクしてしまうほど」の恋に落ちたことのある人、必見!