[映画」『グランド・ブダペスト・ホテル』(ウェス・アンダーソン/2014)




Untitled (Pink Palace) -Joseph Cornell-


ユリイカ』の”ウェス・アンダーソン特集”に掲載させていただいた「ディス・イズ・アワー・ランド!」(読んでくれた方々、感想くれた方々に心から感謝!)の続き、ということで、ウェス・アンダーソンジョゼフ・コーネルの関係について書きたい。


「自分ではその映画という島に住んでいる気持ちでいます。確かにその島は大きな美しい墓場でもあるでしょう。ですから、責任があるとすれば、そこに眠る死者たちに対して、ときどき名誉を返してやることではないかと思います。大変美しい墓場なのです。」レオス・カラックス


『グランド・ブダベスト・ホテル』はルッツ(ドイツ)の墓地のシーンから始まる。この作品が特別な感情へ向けられたレクイエムであることを告げるファーストシーンだ。ウェス・アンダーソンジョゼフ・コーネルの関係については洋書『ザ・ウェス・アンダーソン・コレクション』の序文でマイケル・シャボンがウラジミール・ナボコフと並べて述べている(このとき『グランド・ブダペスト・ホテル』は未発表なのだが)。美術家ジョゼフ・コーネルが紡ぎ上げた「箱」シリーズが持つ物質性とウェス・アンダーソンの画面の相似に関する短い文。このあとウェス・アンダーソンは『グランド・ブダペスト・ホテル』のデザインの元ネタとしてジョゼフ・コーネルの『ピンクの宮殿』を明確な形で引用する。サイレント映画の収集家だったジョゼフ・コーネルウェス・アンダーソンの映画の、偶発的に思われた出会いが、実はある強い意思を持っていたことを知らされることになるわけだ。




グランド・ブダペスト・ホテル』が全速力で駆け抜ける記憶の走馬灯、とりわけ自転車に乗って登場する最初のショットから「とどまる記憶」のヒロインとして鮮烈な印象を放っているシアーシャ・ローナン(本当に素晴らしい)演じるアガサの肖像的で、運命的ですらあるフィルムへの収まり方。『グランド・ブダペスト・ホテル』は、廃墟となったホテルの記憶の彩度を、アガサの記憶によって甦らせる。いわば、『グランド・ブダペスト・ホテル』の記憶とは、アガサという一人の少女の色彩と、その間に零れ落ちた色彩のことなのだろう。同時に、このことはジョゼフ・コーネルが世話をしていた女優志望の少女(殺されてしまった)を思いながら「ホテル」シリーズを創作していたことを想起させる。ジョゼフ・コーネルの作品が「箱」という「劇場=フレーム」の中にコラージュ的に配置した物質には、物の記憶、物の生命、物の囁き=「語り」さえもが、かつて其処にある/あったことを感じさせるものだ。この強い悲しみをウェス・アンダーソンは『グランド・ブダペスト・ホテル』というフィルムに肖像として宿すこと、名誉を返還することを試みたのではないだろうか。ただし、『ジェニーの肖像』(ウィリアム・ディターレ)のようなモノクロームの亡霊を、感情ごとまるごと反転させた世界、ひたすら陽性な”まぼろし”の世界の色彩として。ムッシュ・グスタフがまるで手品師の白い煙の中から現れたかのような軽さを終始身に纏っていたところに、ウェス・アンダーソンの方法はある。『グランド・ブダペスト・ホテル』において軽さとは、記憶の走馬灯を駆け抜ける速度のことでもある。



  
Jack's Dream (1938)-Joseph Cornell-


ジョゼフ・コーネルサイレント映画の収集家であり、同時に映画作家でもあった。たとえば処女作『ローズ・ホバート』(1936)という作品は、『ボルネオの東』(ジョージ・メルフォード/1931)のフィルムをリ・エディット、ブルーフィルターをかけた作品だが、ここでのジョゼフ・コーネルの視線は、ローズ・ホバートという女優の肖像を海に透かしていて見ているかのようだ。また、これはとても好きな作品なのだが、『ジャックの夢』(1938)というパペット・アニメーション作品にはタツノオトシゴが出てくる。『ライフ・アクアティック』におけるクレヨン・タツノオトシゴとの相似。ジョゼフ・コーネルの作品が特別な感情をフィルター越しの視線で配置していたように、ウェス・アンダーソンが夢想する映画の配置、に留まらぬマスタープランとは、物質と物質、時間と時間を隔てる区切りを区切りとして用いることはしない。『グランド・ブダペスト・ホテル』で用いられた画面アスペクト比の変化という区切りさえ、一つの箱に入ることで初めて滑らかに溶け合った「共生」の画面なのだ。調和以降の速度、調和以降の映画にウェス・アンダーソンの野心はついに突入している。ジュード・ロウの台詞を借りるならば、『グランド・ブダペスト・ホテル』に触れることによって呼び起こる感情とは、その箱に触れたときだけ、もう二度と見ることができないものだ。これほど映画館にふさわしいと思える映画はない。


『グランド・ブダベスト・ホテル』、絶賛公開中!
http://www.foxmovies.jp/gbh/



The Hotel Eden -Joseph Cornell-


追記*ジョゼフ・コーネルとの関係からベックまで繋がっていくね。この二人はやっぱとても似てると思う。


追記2*ジョゼフ・コーネルとの文脈で考えると、『グランド・ブダペスト・ホテル』の牢獄に貼られた女優のピンナップ写真はとても興味深い!

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