『長い見送り』(キラ・ムラートワ/1971)


アテネフランセにて。ウクライナの女性監督キラ・ムラートワ。『調律師』、『ダミー』と続けて念願の『長い見送り』。これは見てよかった。花の咲いた鉢を持ち歩く数名、「女性は迷宮を彷徨う」の台詞の通り、早速、此処が何処なのか判然としない空間に映画は迷い込む。ふと全ての音が途切れた瞬間に、その切れ間からポエジーが零れ落ちる。汽車に乗る親子(母、息子)の視線がふいに外へ向けば、カメラは急な動きで横移動、列車の窓越し俯瞰で、子供達が草原を駆け抜ける様子を長々と捉える。恋人と戯れる午後、環境音が止み、ストップモーションで美しい女性のアップがパッパッパッと挿まれる。女性の首筋や風に揺れる髪の輝きにドキっとする。決定的なワンショットで時を止めてしまう鋭さがあるというか。それにしても『調律師』のときも感じたのだけど、女性が快活でよく喋る。


付かず離れずお互い寂しいような素っ気ないような微妙な距離の母と息子の彷徨が思いがけない感情を呼び覚ます。母親の思いがけないカツラの外し方に涙がこみあげる。そして泣き崩れる母親に息子は跪いてある慈悲深い告白をする。「ああ、「長い見送り」とはそうゆうことなのか!」と、決して誰かが死ぬわけでもないこの作品に、移り行く人や時の、やさしさという言葉に収まらない感情の大きな間口に出会ったような気がして、席も立たずしばらく感慨に耽った。