『35 RHUMS』(クレール・ドゥニ/2008)


輸入DVDでクレール・ドゥニ。個人的にとても期待している新作『ホワイト・マテリアル』の前の作品。ジム・ジャームッシュが『リミッツ・オブ・コントロール』を撮っている裏で、同じく黒人俳優アレックス・デスカス(空港で最初に暗号を渡す人)を起用、紛れもない現代映画に仕上がっている。


行き場のない「交通」を舞台とした家族劇。ズンズンと進んでいく線路の風景を最前列、運転席の窓から捉えた素晴らしいファーストショット。仕事場からの帰路、線路沿いの夜道をバイクで走るデスカスの背景に列車の車窓(ひとつひとつの窓が光っている)の光、同じく背景に立つ大きなアパルトマンの各部屋の灯り、二つの灯が重なる。アパルトマンの住人は「何処か遠くへ行きたい」と願う若者と、現在の仕事を楽しんでいる親の世代とに分けられる。デスカスの同僚であるベテランの車掌(黒人)の引退パーティー、プレゼントとして渡されるiPodからは、残念なことに幸福な音楽が流れることはない。ベテラン車掌は引退後、人生の行き場を失ってしまう。一方で擬似家族を形成するデスカス等4人組は音楽によって「交通」が開通する。



クラスメートのライブに誘われた娘は家族や近所の親しい仲間を連れて会場へ向かう(個人タクシーで生計を立てる女性の車)。大雨の道中、車内でスウィートなラヴァーズ・ロックが爆音でかかる。エンストした車を大雨の中4人の手押しで運ぶシーンは、この映画でもっとも美しいシーンだ。交通は一旦中断され(娘が橋を渡ろうとするとデモ・ストライキの集団に包囲されるシーン等、交通の遮断は繰り返し描かれる)、特別な計らいで入れてもらった閉店後のバーで4人は再び音楽に身を委ねる。ここでの緩やかなダンスシーンが素晴らしい。4人は特別な言葉を介することなく集合し離散する。ドゥニ映画の常連グレゴワール・コランは出る度にスケールが大きくなっているような。実に味の深い俳優だと思う。


小津安二郎の『晩春』の如く父と娘は最後の旅に出る。父と娘は一緒に寝る。原っぱの茂みにシートを敷いて二人は寄り添う。どこかの遠い国に行くことではなく、この100分の間に継承されるのは、父から娘への決して代わりの効かない旅=交通の物語、その過程だと感じる。プレゼントのタイミングの行き違いで買ってしまった二つの炊飯ジャーの並置に涙。無駄になってしまった贈り物は、どこまでもやさしい。


追記*肝心のラム酒のことを書き忘れてました。英題は『35 SHOTS OF RUM』。ジャームッシュエスプレッソならドゥニは35杯目のラム酒に乾杯!ところでDVDには有名な批評家のコメントとして「『美しき仕事』以来のもっとも傑出した作品」とありますが、エエェ、『侵入者』はダメなの?とびきりの傑作だと思うのですが、、。あとこの作品、音楽の使い方がどれも素晴らしくて、ラヴァーズやらパンクやら4つ打ちやらラテンやらソウルやらノンジャンルに横断していくのですが、特典のインタビューで音楽の話になるとコモドアーズの「ナイトシフト」への思い入れを非常に生き生きと語るドゥニの顔がよいです。『シルビアのいる街で』におけるブロンディのようなノスタルジア