『魔の谷』(モンテ・ヘルマン/1959)


モンテ・ヘルマン特集。開巻早々の御機嫌なジャズにヌーヴェルヴァーグとの共振(1959年!)を感じる長編デビュー作。ヌーヴェルヴァーグロジャー・コーマンといったところでしょうか。とりわけ素晴らしいのは強盗団一味と事件に巻き込まれた主人公がクロスカントリーで雪原を歩く(山を越える)様をロングショットで執拗に描くところ。人によっては間延びして見えるかもしれないこの執拗さは逆に言えば異様である。スキー場のリフトのいまにも人が落ちそうな不安定さがこの異様さに輪をかける。肝心要な怪物の造形が低予算ゆえのいかにもなショボさを発揮している、という意見もありそうですが、個人的にこれは大有り、だと思う。ラストを除いてほとんど出てこないものの女性の背後に忍び寄るサナギの糸みたいなチラリズムや、触手から出る糸に拘束された人間のサナギは充分に恐怖を煽る。


まるでゴダール・ルックな黒眼鏡の大親分がよい。朝っぱらからお酒を呑んで笑っているというグッとくる設定の情婦(秘書)にはやや物足りなさを感じる。最初に殺されるウェイトレスの容姿が印象に残らなくてオカシイなと感じる。伏線としてはウェイトレスではなく事前に出てきた主人公の妹が殺されるのが筋だと思うのだけど、ウェイトレスを最初の登場シーンで殺しちゃってる。新人監督ヘルマンが本作の70分にも満たない上映時間で「映画」の何処に重きを賭けるか、そこが面白い。ラストの洞窟での決闘シーンの唐突にして爆発的な終わり方に痺れる。いやー、これいいですよ。