『まごころ』(成瀬巳喜男/39’日)


アテネで特集「溝口健二成瀬巳喜男」。
こちらは初見。紹介文に「佳作」とあったし、そんなに期待してなかったが、素晴らしい作品だった。少女に亡き父親の真実(父親は呑んべいだった)を教えたがるお婆さんの、傷口に塩を塗るような遠慮なさ。「実はかなり前からお前を見切っていたんだよ」と妻に告げる旦那の遠慮なさ。だけど二人ともなんの悪気もないどころかすごくいい人間に思われているところが凄味だ。しかしたった67分の作品なのに、この映画に詰め込まれている情念という不可視なもの(そして物/者)の移動は凄まじい。少女が母親にオンブしてもらうところで涙腺が緩んでしまった。傑作ッ。


続いて葛生さんの講演は溝口健二について「亡霊のポリティクス」。ジャック・デリダの『マルクスの亡霊たち』を引用しながら、脱臼してしまった世界において「亡霊とは過去と未来を行き来する倫理です」(すみません。もっとバシッと決まった言い回しだった気がします、、、)という言葉がツボだった。そこから少し話を広げて、「世界のタガが外れてしまった」で始まる『ポーラX』(レオス・カラックス)の黒髪の女イザベル=亡霊説には、うんうんと頷いてしまった。溝口の後継者としてストローブ=ユイレを挙げ(反面テオ・アンゲロプロスは駄目になった例として挙げる。手厳しいね。)、最後にちょっとグッとくるような溝口に関するストローブのエピソードが紹介された。これから更に面白くなりそうなところだっただけに、もっと時間が欲しかったな。