『犬ヶ島』(ウェス・アンダーソン/2018)



「友達にはなれないけど、大好きだ」(スポッツ)


犬ヶ島』において、少年アタリとボディーガード犬スポッツ、そして新たな相棒犬チーフはいまにも泣き出しそうな瞳をスクリーンに何度も浮かべる。口笛による木霊が人と犬の交感(この木霊は開巻早々、劇中にサラウンドする)を言葉以上に響かせる、否、震わせるとき。翻訳トランシーバーによってお互いの言葉が通じ合うとき。決まって彼らの瞳は涙で潤んでいる。そこにはお互いに友達にはなれないけど、大好きであることを伝えたい原始的な感情と感動が、涙という表象言語として、言葉以上にお互いを震わせている。その意味において、小林市長が繰り返す上っ面な「リスペクト」という言葉が、やがて色彩を得ていくのは感動的だ。『犬ヶ島』は、口笛による木霊の反響、メロディーの反復=お互いの共感に至る過程の間に生まれ、そこで振るい落とされてしまったものを再び拾い集める。




Megasaki City - Isle of Dogs

Tokyo Imperial Hotel - Frank Lloyd Wright


犬ヶ島』のプロダクション・デザインを手掛けたポール・ハロッドはインタビューの中でフランク・ロイド・ライト(メガ崎御霊神社は旧帝国ホテル本館をモデルにしている✳画像参照)の他に、日本のメタボリズム建築から強い影響を受けたことを語っている。日本の高度経済成長期に華開き、大阪万博で頂点を迎えたメタボリズム建築と『犬ヶ島』で設定された「現在=過去から見た未来」という時代設定の幸福な出会い。メタボリストたちの唱えた建築の「有機性」の定義はそれぞれだが、その定義を都市の成長、生命の成長に適合する建築、未来との共生を志向する建築と捉えたとき、『犬ヶ島』の志向する「有機性」と重なり合っていく。黒澤明どですかでん』〜高度経済成長期の夢の島をモデルにしたと思われるゴミ島に犬が隔離されるのは、未来を排除によってデザインしようとした(都会の増えつづけるゴミを夢の島に廃棄したように)政治と重なる。犬は都市計画という未来(しかし未来とは現在のことだ)から排除されてしまったのだ。このゴミ島が、かつて未来をデザインするために計画され失敗した島であることに注視したい。ウェス・アンダーソンは失敗を失敗で上塗りしていく歴史に待ったをかける。スクラップされた瓦礫の山から始めるゼロ地点からのスタートではなく、それさえ含んだ過去現在未来を共生させる都市計画として『犬ヶ島』をデザインする。振るい落とされたものを再び拾い集め、共生する未来を描く、という選択。



Dodesukaden - Akira Kurosawa

Isle of Dogs


ムーンライズ・キングダム』〜『グランド・ブダペスト・ホテル』において、現れてはすぐに消えてしまう幻影として記憶を留めた(故に美しい)ウェス・アンダーソンは、『犬ヶ島』でついに記憶を未来と共生させる。劇中、スポッツが父親になるという未来を選んだように、ここにはウェス・アンダーソン自身が父親になったことも大きく影響しているのかもしれない。個人的にはスポッツの台詞/選択は本作で一番感動したシーンだ。スポッツとチーフの鏡像関係が分割画面、加えて、モニターによる分裂画面とでも言いたくなるような展開が巻き起こるアクション、その速度は、あまりに痛快だ。こういった部分にも、全てを同じ画面で共生させようとするウェス・アンダーソンの未来への計画が読み取れるかもしれない。マスタープランからポスト・マスタープランへ。ウェス・アンダーソンネクストは、幻影を幻影と呼ばせない。そこには新しい未来=現状への覚悟がある。分かりあえない者同士が原始的な感情だけを頼りに分かりあえないまま画面に共生する。『犬ヶ島』はハードボイルドな輪郭を持った未来的建築物なのだ。大傑作。



追記✳ウェス・アンダーソン犬ヶ島』とショーン・ベイカー『フロリダ・プロジェクト』、トッド・ヘインズワンダーストラック』という2018年を代表する傑作群は個人的には「ジオラマ」というキーワードで繋がっている。最終的にジャック・タチの偉大なる『プレイタイム』を見直した。


追記2✳ウェス・アンダーソンの娘さんの名前は、フランク・ボーゼージ『死の嵐』(1940)のヒロイン、フレヤからとったとのこと。『チャップリンの独裁者』以前に公開されたこの反ナチス映画の傑作のヒロインにウェスが惹かれているということに妄想が広がります。


追記3✳参考のために見た大阪万博の残された映像は完全にロマンティックな狂い方だと思った(笑)。もうホント狂ってる。ドキュメンタリーが見たい。そしてこのメタボリズムに関する本は面白すぎます。夢中になって読んだ。

プロジェクト・ジャパン メタボリズムは語る…

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追記4✳ポール・ハロッドのインタビューはこちら。
https://www.dezeen.com/2018/03/28/wes-anderson-isle-of-dogs-sets-metabolist-architecture-paul-harrod-interview/


どですかでん [Blu-ray]

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