『ノクターナル・アニマルズ』(トム・フォード/2016)


オールスターキャストによるトム・フォードの新作『ノクターナル・アニマルズ』は、恐怖を美の次元に引き上げた上で宙吊りにするノワール映画の傑作だ。『シングルマン』のコリン・ファースがトレードマークであるメガネをかけている間、どこかフェリーニ映画のマルチェロ・マストロヤンニの幻影を身に纏っていたように、また、大きな壁一面の『サイコ』の広告が恐怖の空を召喚していたように、おそらく相当な映画好きであることは疑いようのないトム・フォードヒッチコックへの偏愛を公言している)は、『シングルマン』がそうであったように、ヒッチコックが美の次元まで高めた恐怖のコントロールを、現代の、そして彼自身の恐怖の問題へと置き換えている。



『A Single Man』(2009)

『Nocturnal Animals』(2016)


ノクターナル・アニマルズ』(夜行性動物)が、まず何より素晴らしいのは、そのフェティッシュな手捌きがあくまで上品さを身に纏っていることだ。ここでは、まるで香水の付け方を心得た大人による画面の扱いが前面に表象されている。誘惑のトップノートからラストノートでコントロールの効かない恐怖を呼んでしまう非常に危険な香水、その香り。『シングルマン』でアップにされた女性の唇の色温度を変えることで、またはジュリアン・ムーアのアイメイクを執拗に撮り続けることで達成されたトム・フォードによる「野蛮な香り」は本作でも作家の烙印のごとくフィルムに漂っている。『ロスト・ハイウェイ』(デヴィッド・リンチ)のごとく真夜中のアメリカを駆け抜ける車のシーンは恐怖と美しさを同じ次元で描く前半のハイライトだが、この物語(別れた夫から送られてきた小説「ノクターナル・アニマルズ」)を読むためにエイミー・アダムスがメガネ(!)をかけるとき、トム・フォードによる「目」の主題は一気に浮かび上がる。



『A Single Man』(2009)

『Nocturnal Animals』(2016)

『Nocturnal Animals』(2016)


シングルマン』を覆った「見たことのない色をした空」が冷戦による時代の恐怖と個人が抱える恐怖を「見えない恐怖」として二重に映していたように、『ノクターナル・アニマルズ』は小説というフィクションの恐怖と、現実のノンフィクションとして迫る恐怖を同時に画面に提示する。『ノクターナル・アニマルズ』において、目撃の恐怖とは、知覚よりも速いスピードで感知する純粋な恐怖の目に他ならない。エイミー・アダムスの目の動きを追う奇妙なジャンプカットの間にこぼれ落ちるもの。それはフィクションに復讐された者だけが身に纏う目なのだろうか。傑作!



『Nocturnal Animals』(2016)


追記:トム・フォードは役者さんを撮るのが抜群に上手い。『ノクターナル・アニマルズ』は一見映像のスタイルに目を奪われる映画だが、カメラは常に役者さんの魅力に引き寄せられる。特に男性を撮るのが上手いね。ジェイク・ギレンホールは熱演に走るとアル・パチーノのようだし、「ジム・トンプソンの小説みたいだ!」と保安官をノリノリで演じたマイケル・シャノンの素晴らしさ。何よりチンピラの2人に、昔のゲイリー・オールドマンが持っていたような悪い奴の色気がある!


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