2014年ベストシネマ




年が明けてからこの記事を読むという方には、新年明けましておめでとうございます。一年の終わりの日にこの記事を開いたという方には、よい新年が迎えられますようにと、一年の始まりと終わりのご挨拶。恒例の年間ベストシネマ。私的なことですが、今年は年の初めから、イースト・プレス様から塩田明彦氏の『映画術』の献本とブログでのレビューをさせていただいたり、自主制作映画『沈黙の世界で猫が泣く』をLOAD SHOWさんでオンライン発表させていただいたり、『ユリイカ』のウェス・アンダーソン特集に論考を寄稿させていただいたり、吉祥寺バウスシアター再生計画HPに文章を書かせていただいたり、ありがたいことがいくつもあった年でした。何らかの形でそれらに触れて頂いた方、言葉を頂けた方全員に改めて感謝させてください。バック・トゥ・ブログ!は毎年初めに思うことですが、なかなか出来ませんね。とはいえ、いつでもここがホームです。


さて、以下に20本のリストを。


今年日本公開で昨年のベストリストに入れてしまったジェフ・ニコルズ『MUD』、ガス・ヴァン・サント『プロミスト・ランド』、マノエル・ド・オリヴェイラ『家族の灯り』、ノア・バームバック『フランシス・ハ』、デヴィッド・ロウリー『セインツ 約束の果て』は対象外にした。改めて『MUD』は超傑作だね。昨年のベストについては以下のリンクを。
http://d.hatena.ne.jp/maplecat-eve/20140101


1.『エヴァの告白』(ジェームズ・グレイ
The Immigrant/James Gray


2.『グランド・ブダペスト・ホテル』(ウェス・アンダーソン
The Grand Budapest Hotel/Wes Anderson


3.『6才のボクが、大人になるまで。』(リチャード・リンクレイター
Boyhood/Richard Linklater


4.『わかってもらえない』(アーシア・アルジェント
Incompresa/Asia Argento


5.『さらば、愛の言葉よ』(ジャン=リュック・ゴダール
Adieu au langage/Jean-Luc Godard


6.『ゴーン・ガール』(デヴィッド・フィンチャー
Gone Girl/David Fincher


7.『ストーリー・オブ・マイ・デス』(アルベルト・セラ
Historia de la meva mort/Albert Serra


8.『ジャージー・ボーイズ』(クリント・イーストウッド
Jersey Boys/Clint Eastwood


9.『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』(スチュアート・マードッグ)
God Help the Girl/Stuart Murdoch


10.『ラブバトル』(ジャック・ドワイヨン
Mes seances de lutte/Jacques Doillon


11.『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』(ジョエル&イーサン・コーエン
Inside Llewyn Davis/Joel Coen , Ethan Coen


12.『自由が丘で』(ホン・サンス
Hill of Freedom/Hong Sang-Soo


13.『A Propos de Venise』(ジャン=マリー・ストローブ
A Propos de Venise/Jean-Marie Straub


14.『ロング・クリア・ヴュー』(ミア・ワシコウスカ
Long, Clear View/Mia Wasikowska


15.『ガールズ・ギャング・ストーリー』(ローラン・カンテ
Foxfire/Laurent Cantet


16.『ステイ・コネクテッド』(ジェイソン・ライトマン
Men, Women & Children/Jason Reitman


17.『Redemption』(ミゲル・ゴメス)
Redemption/Miguel Gomes


18.『ヤング・ワンズ』(ジェイク・パルトロー)
Young Ones/Jake Paltrow


19.『ナイト・スリーパーズ』(ケリー・ライヒャルト)

Night Moves/Kelly Reichardt


20.『やさしい人』(ギヨーム・ブラック)
Tonnerre/Guillaume Brac


1位は迷うことなくジェームズ・グレイの新作。『エヴァの告白』の画面に張りつめている覚悟、厳しさ。とても小手先の知識や技術で撮れる映画ではない。映画、ナメてかかんなよ!と、私自身激しく反省さえした。たとえば監督と女優の関係一つをとっても、ここには詰めの甘い関係が一切ないのだ。実際ジェームズ・グレイマリオン・コティヤールは演技に関するヴィジョンの対立(大喧嘩だったそうだ)を乗り越えて、この偉大な作品を撮り上げたらしい。マリオンとしては自身のキャリアで培ってきたプランやメソッドを全否定された気分だったであろうことは、画面を見れば容易に想像がつく。『エヴァの告白』において、エモーショナルな表現は全て裏読みをさせる演技であり(劇中に「読心術」という言葉が出てくる)、且つ、裏読みがすべて観客に伝わるようにできている。塩田明彦氏が『映画術』で解説する『サイコ』のアンソニー・パーキンスジャネット・リーの表情を変えないことで渦巻くサスペンスが、全編に渡って展開されているのだ。





Marion Cotillard in The Immigrant


と、このままだと思わず『エヴァの告白』評になってしまうので話を端折ると、今年の主演女優賞は、ぶっちりでマリオン・コティヤールに!ジェームズ・グレイとの共闘に見事に応えた彼女は現代最高の映画女優の一人になった。私的主演女優賞は他に、『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』のエミリー・ブラウニング『私の男』二階堂ふみ、『ラブバトル』のサラ・フォレスティエ。今後、「遠き山に日は落ちて」のメロディーを何処かで耳にするとき、『私の男』のあの女の子の見た雪の景色を思い出さずにいることはできない。それは二階堂ふみという個人、個体からも離れていくものだ。そこが女優という職業の面白いとこだね。スクリーンへの見事な「投影」だった。主演男優賞は『6才のボクが、大人になるまで。』のイーサン・ホークで。サイコー。そりゃあ、子供たちはパパとママが大好きなわけだ。圧倒的だった。



Fumi Nikaido in My Man


今年は世評的に評価の高い作品をあまりいいと思えないケースが例年以上に多かった。その中で一本だけ触れたいのはアレクセイ・ゲルマン『神々のたそがれ』。世界の塵を糞尿ごと引き寄せる磁石としてのカメラ、という『フルスタリョフ、車を!』の方法論がエクストリームに進化している。が、『フルスタリョフ、車を!』で絶妙なバランスで設計されていた、フレームの外、上下左右から突拍子もなく現れるそれは、過剰さと引換えに驚きを失っていた。ただ、驚きを失うまでにつき詰めた画面の絶対零度(麻痺する)を思うとき、ひたすらにカメラに向かって微笑みを浮かべる人々を記録する、その残像、そして原点に立ち返ったかのような素晴らしすぎるラストショットをゲルマン遺作の「さよなら」と捉えるとき、涙を禁じえないだろう。



Hard to be God/Aleksei German


グランド・ブダペスト・ホテル』のウェス・アンダーソンの到達点&ネクストには心底興奮させられ、『6才のボクが、大人になるまで。』には嗚咽のように泣いてしまい(パンフも買えず走って劇場を出たね)、東京国際映画祭で見たアーシア・アルジェントの新作の、何にも勝利せずに勝利した少女アリアには心底感嘆。ゴダールの『青い青い海』の波を追憶する犬の残像がいつまでも消えない2014年。デヴィッド・フィンチャーアメリカを射程に捉える大きな作家になり、アルベルト・セラは新作で無時間を往く/逝った。奇妙な笑い声と暗闇の肖像を残像させながら。『ストーリー・オブ・マイ・デス』は大変な傑作だ。『ジャージー・ボーイズ』の強引な説得力には映画の底知れない強さを見た。そしてエミリー・ブラウニングが可憐に画面を舞う『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』に偉大なポップミュージックのプロセスが、待機の時間の集積なのだと教えられた。



Wes Anderson



Emily Browning


ジャック・ドワイヨンド級の傑作『ラブバトル』は2015年に公開が決定。嬉しいね。ローラン・カンテの新作、ケリー・ライヒャルトの新作、ジェイソン・ライトマンの新作は、まさかのDVDスルー。『ナイト・スリーパーズ』(原題のナイト・ムーヴスでいいのに!)の暴力的な夜は劇場で見たかった。ジェイソン・ライトマンの新作は海外ですこぶる評判悪いけど、私は支持したい。。野心作。Bibioの音楽とスマホばかりいじってるティーン、そして大人たちとの模様、マリアージュが素晴らしい。



Men, Women & Children


未公開作について少しだけ。ジャン=マリー・ストローブの新作は『アンナ・マグダレーナ バッハの日記』にも出演したグスタフ・レオンハルトに捧げられた短編。ゴダール『さらば、愛の言葉よ』の波打ち際には犬が立っていたけど、ここでは亡霊が音楽を演奏している。ミア・ワシコウスカの監督デビュー作は、視点のポイントをズラす子供心のようなシンプルな遊び心をコンセプチャルに昇華した素晴らしい作品。ミゲル・ゴメスの新作はアーカイブ映像とスーパー8で撮られた映像のコラージュ作品。ジョアキン・ピントの新作のアーカイヴ映像の使い方とも共振する大変美しい作品。ジェイク・パルトローはグウィネス・パルトローの弟さん。ノア・バームバックウェス・アンダーソンとジェイクのことを「同志」と呼んでいた。本人が言及しているようにスピルバーグへのリスペクトを強く感じる作品だが、「同志」界隈との距離感をも内包しているユニークな作品。エル・ファニングが出演している。



Mia Wasikowska


最後に年末に見つけた素晴らしい二枚の写真を。1956年、髪を切った18歳のジーン・セバーグ。この時一人の女の子が髪を切らなかったら映画史が大きく変わっていたかもしれない(全く大袈裟ではない)、と思うと途方に暮れるほど凄いことだ。当たり前だが、この時のジーン・セバーグは後に起こることを何も知らない。パリに行くとも思ってなかっただろう。「幸せが全てではない」と語ったジーン・セバーグを重ね、涙が出た。



Jean Seberg


もう一枚はローレン・バコール。この神話的な女優がこの世からいなくなってしまったことに改めて哀悼の意を。



Lauren Bacall


※見出しの画像はジェームズ・グレイエヴァの告白』(原題The Immigrant)とチャールズ・チャップリンチャップリンの移民』(原題The Immigrant)の自由の女神。震えます。