『レースを編む女』(クロード・ゴレッタ/1977)


イザベル・ユペールに関するTVドキュメンタリー『Isabelle Huppert: tous les regards du monde』を見たら、案の定、女優ユペールが見たくなった。『ヴィオレット・ノジエール』(クロード・シャブロル)に先立つ1977年に、アラン・タネールやミシェル・ステーと共にスイスにおけるヌーヴェルヴァーグを起こしたクロード・ゴレッタによる本作は、『ヴィオレット・ノジエール』との関係性が色濃く、また、これはネット検索して見つけた言葉なのだけど、フランソワ・オゾンがこの作品のユペールについて、彼女のその後のキャリアを決定付けてしまった「深い苦しみの権化」と評していることも興味深かった。フェルメールの絵画『レースを編む女』を評して、「この娘の持つ目に見えない針を中心に、宇宙全体が回っていることを私は知っている」とは、サルバドール・ダリの有名な言葉。



なるほど、『レースを編む女』におけるベアトリス=少女ユペールは、序盤、情緒不安定になりやすい友人を観察する人として、一切の内面を明かさず、一人の男性との決定的な出会いによる激しい恋に落ちても尚、ベアトリスの表情は、一人の男性からの影響というよりは、大きな時代の流れに呑み込まれていく外部の影を内面としてフィルムに刻んでいく。たとえば『ヴィオレット・ノジエール』のヴィオレット=少女ユペールが、黒い衣装を身に纏った”ブラック・ヴィオレット”として変身するとき、まず第一にそれは外部との闘争へ向けた自身の分身の姿だった。ところがヴィオレットが闘争を続けるその表情に無意識の外部の影=内面が沈みだすとき、それは仮の/本当の姿の区分を失くし、単なる狂気の恋という枠組からフィルムの表象が徐々に外れていく。『レースを編む女』のベアトリス=少女ユペールがゆっくりと精神の均衡を崩していってしまうのは、この仮の/本当の姿の区分に予め境界を設ける以前の全裸の状態、たとえば序盤に大人の女の裸(友人)がベアトリスの未発達な体と対になるように強烈な「異物」として出てくるのが示唆的なのだけど、未発達な肌がダイレクトに陽光(曇り空だが)に照らされたまま、外部の影に容赦なく侵食されてしまうのだ。興味深いのは、ベアトリスが恋に狂った大人の情緒不安定な振る舞いを観察するシーン。恋人からの電話を切らないまま、窓から飛び降りようとする友人(錯乱した自身の音声を恋人に聞かせる)に向かって、ベアトリスが「彼が戻ってくると信じているの?」と問う、この恐ろしいまでに冷たい台詞だ。この「信じる」という行為が崖っ淵を目隠しで歩く恋人たちに幸福に受け継がれ、再度反転する。『ヴィオレット・ノジエール』と『レースを編む女』におけるラストシーンの類似は、妄想にせよ現実にせよ、少女が狂ってしまうだけの人生を左右する事実(とはしかし何か?)に深く食い込んでいる。ヴィオレットの事実/虚言。ベアトリスが彼の姿、形を手探りで信じた暗闇の視界。


ここでも海が、波が不穏を誘う。この作品で一番美しいショットは白い砂浜からこの不穏の海(波)へ向けられたダイナミックなパンニング撮影だ。『Isabelle Huppert: tous les regards du monde』の中で、白い砂浜に足跡を残しながら去っていく30年後のユペールは、この作品への敬意あふれるオマージュだった。かつて少女(という歳では実はないのだけどね)が歩いた砂浜を、30年後の彼女が再度歩いていく。涙せずにはいられない。


追記*『Isabelle Huppert: tous les regards du monde』はなんとYoutubeにアップされているそうです。興味のある方は検索してみてください。『レースを編む女』、『ヴィオレット・ノジエール』の撮影風景〜『ピアニスト』までのユペールの軌跡、舞台仕事に至るまで、貴重な映像の数々を堪能できます。さらにこのドキュメンタリーで興味深いのは、イザベル・ユペールがカメラの前で常に「女優」として捉えられているところです。古本屋でドストエフスキーの『白痴』を手に取り朗読するという明らかな「仕込み」も、その観点から印象深いシーンとなっています。ユペールファンは必見です。


追記2*ところでサビーヌ・アゼマってどこで出てたっけ?この作品のユペールはまだムチムチした体型で、これはこれで可愛らしいです。ということで、イザベル・ユペール特集をジュリエット・ベルト特集と共に不定期に続けたくなってる。


追記3*『ヴィオレット・ノジエール』の過去記事&『ヴィオレット・ノジエール』の日本語字幕付き上映@ユーロスペース。6月25日と7月1日の2回!

http://d.hatena.ne.jp/maplecat-eve/20101202
http://www.eurospace.co.jp/detail.html?no=330

レースを編む女 (1976年) (Hayakawa novels)

レースを編む女 (1976年) (Hayakawa novels)