『クロード・シャブロルとの対話 不完全さの醍醐味』(フランソワ・ゲリフ 大久保清朗=訳)

不完全さの醍醐味 クロード・シャブロルとの対話

不完全さの醍醐味 クロード・シャブロルとの対話

2週間ほど前のことになりますが、待望のクロード・シャブロル本を翻訳者である大久保清朗さん(id:SomeCameRunning)のご厚意で献本いただきました。


クロード・シャブロルの語り口といえば、真っ先に思い起こすのが『友よ映画よ、わがヌーヴェルヴァーグ誌』(山田宏一著)における、「あの最低のお遊びがだ!」(「虎」シリーズ2作と『ジャガーの眼』について)に代表される、あの自虐と諧謔を猛スピードで駆け抜けるハンパない振れ幅だったのだけど、本書の翻訳におけるシャブロルの語り口が、それを完全に継承していることに、本をめくった瞬間、興奮せずにはいられなかった。これまで接してきた数少ない文献や、何よりシャブロルの作品そのものから私が勝手にイメージしていたシャブロル像と完全に一致していたのだ。あの言葉のテンション/リズムが最後まで続くことで、本書は「映画本」というジャンルとしての専門性に留まらない地点からの導入を誘っていると感じる。正直かなり笑える。だからものすごく入り口が心地よい。そしてこの入り口の魔法にかかった者は、そこで各々が大切に持ち歩きたくなるような情熱的な言葉を見つけるだろう。シャブロルの映画をまだ1本も見ていなくてもまったく構わない。ただシャブロルという名前に興味を持ったなら、是非本書を開いて欲しい。思えば『友よ映画よ、わがヌーヴェルヴァーグ誌』を初めて読んだときだって、そこに書かれた作品のほとんどを知らなかった。でもそんなことは関係なかった。そしてあの名著は未だに振り返って読むことがある。同じように『不完全さの醍醐味』も、シャブロルのことを思い返す度に何度も手に取ることになるだろう。


以下、私が感銘を受けた情熱的な言葉を二つ+αここに紹介する。


(『不貞の女』のズーム・インと後退撮影(トラック・バック)について)この動きのどちらが先に終わるのか、あらかじめ念入りに計算しないでおこうと思った。ズーム・インの終わりが先でトラック・バックが続けば、この映画の結末は不幸となる。別離の絶望が和解をしのぐからだ。反対にトラック・バックの終わりが先でズーム・インが続けば幸福となる。彼は彼女のもとにとどまるだろう。両方の終わりが同時ならこれは奇跡だ。奇跡は確認するものではなく、目撃するものだからね。


もっとも泣かされたセンテンスがラストの一行であることは言うまでもない。シャブロルもまた対象をいつまでも「見つめていたい」と願う作家だったのだ。また、技術的な議論を繰り出す批評家をシャブロルが嘲笑っている(「彼らがレンズのことを話すのが大好きだ」という痛烈な皮肉)ところがなんとも素晴らしいじゃないか!

(今日における監督の定義について)いくつもの要素がある。空間の要素、調子の要素、人間の要素、この三つを調整しなければならない。人物の動きに必要な空間、そのために設定される調子、それを際だたせる人物の人間的魅力。これが達成できればいい演出だ。達成できなければいい演出でなくなる。移動撮影の速度とか焦点距離とかがよく話題になるけれど、そんなことはなんの関係もない。


本書のもっとも感動的なくだり、シャブロルの語る「慎ましさと優しさ」については是非本書を手にとって確認してほしい。このセンテンスを読んだあと、『気のいい女たち』や『ヴィオレット・ノジエール』や『主婦マリーがしたこと』や『ベティ』を思い返す。シャブロル映画のヒロインはいつだって抵抗している。『ダンディ』の究極に享楽的なあのベルナデット・ラフォンだってそうだった。『ジャガーの眼』のようなスパイ映画でさえ、あの可憐なマリー・ラフォレは世界への欺きを知っていた!『沈黙の女 ロウフィールド館の惨劇』で武器を取った二人の女性と、『悪の華』で思わず笑い合ってしまった二人の女性は皆、おそらく手を取り合っている。「慎ましさと優しさ」には、そして本書には、その「悪意」という名の抵抗(と「笑み」)を読み解くヒントがある。


さて、今年は『引き裂かれた女』の公開(4月)を皮切りに、クロード・シャブロル未公開傑作選(「甘い罠」「最後の賭け」「悪の華」)、フランス映画祭および、日仏学院での特集上映とシャブロル上映がテンコ盛り。その口火を切って3月17日に本書の翻訳者大久保清朗氏の講演がアテネフランセで行われます。当ブログでも引き続きクロード・シャブロルを追っていきます。何を隠そう私が輸入DVDを買い始めるようになった一番最初のきっかけは、シャブロルの作品を見たいがためだったんだ。
http://www.athenee.net/culturalcenter/program/a/anachronism.html


追記*横浜在住の方は有隣堂やあおい書店に在庫がありましたよ。両脇はアンナ・カリーナの本とフェリーニの本でした。


追記2*『それでも私は映画を撮りつづける』も大久保さんの訳で!と熱望。