『Rendez-vous à Bray』(アンドレ・デルヴォー/1971)


輸入DVDでアンドレデルヴォー『ブレーでのランデヴー』。アンナ・カリーナビュル・オジエの共演というだけで興味深いこの作品(ベルギー盤DVD)は、いつもお世話になってるid:SomeCameRunningさんに貸していただいたもので、メイキングやアンナ・カリーナのTVインタビュー、アンドレデルヴォーの短編といった特典に加え、原作のジュリアン・グラック『コフェチュア王』やサントラまで付いてるという超豪華版仕様。ジャン・ルーシュのドキュメンタリーなども撮っているこのアンドレデルヴォーという作家については、調べたところ『黒の過程(L'oeuvre au noir)』という作品が91年にパルコで上映されたらしい(ミニシアターブームの恩恵?)。アンナ・カリーナも出演している『黒の過程』はフランスで年内DVD化を予定。38ユーロという値段からして豪華版が予想される。


セピア色に染められた画面でマチュー・カリエールが”約束の手紙”を読むアイリス・イン/アウトから始まる『ブレーでのランデヴー』は、ギスラン・クロケの格調高い落ち着いた撮影とは裏腹に、とても奇妙な映画だ。”Paradise is not for you"という歌詞を”Paradise is for the king"と唄いながら路上で跳ねる少女の頭上に舞う一枚の紙きれのように、それはひらひらと自由に、しかし旋律を壊さないよう、触れるか触れないかの慎重な手つきで描かれた楽譜のようだ。デルヴォーが残したノートには「ロンド(輪舞曲)の構造」と記されていたらしい。マチュー・カリエールはピアノを弾く。少女のメロディを即興でなぞったり、室内楽カルテットを披露したり、サイレント映画(『ファントマ対ジューヴ警部』)の伴奏を務めたり。森を抜ける、という童話のような展開を経て(此処が何処だか分からなくなっていく画面連鎖が見事だ)、アンナ・カリーナ(メイド)の住む人里離れた屋敷でピアノを弾くとき、この映画の主題のようなものが浮き上がる。ピアノの美しい旋律に、食器やガラス細工は震え、停電が起こる。まるで怪奇映画のような光景を経て、暗闇の中から蝋燭を持ったアンナ・カリーナがやって来る。思わず少女の唄った歌詞の続きを思い出す。「地獄でまた会おう」。



この映画はなにやら中断されてしまったものに支配しているように思う。刺激的な演奏が中断される室内楽カルテットの演奏然り、たとえば第一次世界大戦によって第5作で打ち切りとなってしまった『ファントマ』シリーズの上映/演奏シーン然り。ビュル・オジエが少女のようなキラキラした目で夢中になる『ファントマ』シーンは本作のハイライトだ。ルイ・フイヤードの活劇とスクリーンに視線が釘付けになるビュル・オジエのアップは、互いの境界を失い、そのまま画面連鎖としてサイレント映画のアップに肉薄(Come Close)する。恋の三角関係の果てに全裸で河に飛び込むマチュー・カリエールとロジェ・ヴァン・ホール。2人のあとを追って全裸になるビュル・オジエ、のその後は描かれない。ビュル・オジエの陽光に照らされた背中だけが、私たちの記憶に鮮烈に残る。その背中の記憶が、間接照明に照らされたアンナ・カリーナの背中(素肌)のアップに繋がるとき、戦慄/旋律は走り出す。”乞食の娘”=アンナ・カリーナの乱れた黒髪や独特の目つきに、たとえば『ポーラX』の彼女=Xのような、不在の女を思い出す。そして具象化された不在の女とは、もちろん亡霊のことにほかならない。


「木の翼、鉄の翼/地獄でまた会おう/天国は王様のもの」


追記*久々にビュル・オジエを見ると、この女優が特別すぎることに改めて気づかされる(アンナ・カリーナも同じく)。『アイドルたち』のビュル・オジエのように溌剌と輝いている。ビュル・オジエ見てるだけで完全にノックアウト。


追記2*劇中エドワード・バーンズの絵『コフェチュア王と乞食の娘』が登場する。この世で最も美しい乞食の娘に王が跪く絵です。興味深い!


追記3*アンナ・カリーナに演技指導するデルヴォーはかなり細かい動きまで身振り手振りで指導しているのが印象的。テレビインタビューのカリーナは本編とは打って変わって笑顔が小動物的にかわいくて、「ちょっとキスしてもいいかしら?」なんて言いながら終始キャピキャピしている。


追記4*アンナ・カリーナが砂糖の入った入れ物の蓋を開けるアップ。ここの金属音が強調されていることが、本作の音響的な伏線になっている。旋律の映画。というより旋律を創る映画。