第2回「ペドロ・コスタ特別講義」@造形大学

現在来日中のペドロ・コスタの特別授業ということで、昨年行われた第1回講義の感動を反芻しながら、いざ造形大へ。前回と違うのは一年前には知らなかった方を含む4人で造形大に向かえたこと。ささいなことだけど、いつの間にか自分を取り巻く関係性というものも、ちょっとずつ変わってきているのかな?ということを講義後に感じた。ペドロ・コスタが繰り返し言うように、すべては関係性の中にある。関係性の中ですべての思考や変化は生まれる。諏訪監督が講義の最後に残した言葉の言外/言内には、おそらく日本に住む誰もが避けられない記憶をさえ含んでいるだろう。私にとっても今年はいつもより大変な年だった。このタイミングで、いま一度、ペドロの言葉と向き合うこと、その言葉と関係性を築くことの喜びに感謝したい。個人的に今回の講義では思わず涙ぐんでしまうシーンもあった。では、講義レポ。一字一句まで正確な言葉の採録というわけではないと断った上で、以下に記録する。尚、前半のインスタレーションに関する内容は後半にも要約した形で出てくるので、勝手ながらこの記事ではその多くを要約させていただく。


前回講義のレポ。http://d.hatena.ne.jp/maplecat-eve/20100728


     ――――――――――――――――――――――――


質問「多くの映画作家インスタレーションに取り組む今日において、ペドロ・コスタインスタレーションへの取り組み、その姿勢について」


     ――――――――――――――――――――――――


私自身は基本的にインスタレーションには敢えて距離をとっているという立場にある。多くの映画作家は映画本編の余り物を使ってインスタレーションを作っている。そこでは仕事がやり遂げられていない。私自身は映画館と美術館で上映されるものの間に区別のない仕事をしている。同じ姿勢で取り組んでいる。


インスタレーションには映画作家にとっての危険、言い換えれば誘惑が存在している。この誘惑は映画を作るときには存在しないものだ。映画作家インスタレーションを本気で作ろうと思えば、映画の外側に頼らざるを得ないのではないか。まず装飾によって見る者を惹き付ける。そこでは音やイメージは後からくる。


本来映画作家というものは所謂、芸術を作りたい、美学的でありたい、とは思わないものだ。映画というものはカメラの前にあるものと向き合うこと、格闘することから生まれるものだ。多くのインスタレーションやビデオ・アートは、目の前にあるものを捨て去ってしまう、あるいは軽視している、または目の前にあるものを何でも取り込んでしまう傾向にあるように思う。モンタージュにおいても、何かを生み出すのではなく、それは美術館のため、ギャラリーのために作られているように感じる。


もちろん映画にも装飾やセットはある。映画における装飾とは周りのものとの機能、関係性から生まれる。社会的なものに対する姿勢もインスタレーションとは異なっていると感じる。映画というものはもっと孤独なものだと思う。


映画批評というものは存在論的に現実というものに向かうものだと思っている。映画というものは基本的に世界や現実に近づいていくものである。批評もそのことを理解していなければならない。そうでなければ、現実から離れた、高いところから書かれたものになってしまう。


ヴァン・ゴッホが椅子を描いたときは、その椅子だけを見つめていたはずだ。椅子との関係性。この椅子には椅子という以上に、幾重ものディメンション、別の世界が存在しているかもしれない、そう考えたはずだ。ゴダールの映画とはそういうものではないかと私は思っている。ジョン・フォードゴッホと同じように目の前にあるものに向き合っていた映画作家だ。ところが私たちの世代は異なっている。目の前にあるモノ自体を少しずつ失っている。対象との関係性が切り離されてしまっている。対象に対する関係の単純性(強度)を失っている。


後年のキング・ヴィダーは自身のビデオが売れるようになったことについてのインタビューでこう答えている。自分の作品が(当時)もっとソフトとして売れていたなら、もっとよく作れたのに。つまりキング・ヴィダーは自分の作品を「芸術」とは考えていなかった、ということだ。優れた映画作家、たとえばキング・ヴィダーは、あくまでもただ目の前にある日々の仕事に向き合っていただけなのだ。


      ――――――――――――――――――――――――


質問「ペドロ・コスタの『血』には大人になることが描かれていた。大人になるということ、または映画における大人とは?」


      ――――――――――――――――――――――――


最初にルイス・ブニュエルの言葉を紹介したい。これから話すことと関係があると思う。ブニュエルは映画を作る際にしてはいけないことについて話している。ブニュエルは何か意図を持って映画を作ってはいけない、其処にあるものはそのまま描かなければならない、というようなことを言っている。ただしひとつだけ例外がある、とブニュエルは注を添える。たとえば映画において河や小川を描こうと思ったならば、その河や小川で一世紀前には人が水浴びをしていた、水浴びができたのだ、ということを観客に分かるように描かなければならない、ということだ。


過去や古典的な作品において大人というものは確かに存在していた。しかしその大人というものの存在は今日、私たちの世代の映画においては、もういないんだという認識をしている。かつて小津やジョン・フォードや成瀬といった映画作家は「大人の男性・女性」を描いていた。そういう大人の存在というのは今日の映画の中にはいなくなってしまった。大人だけでなく、労働者、農民、犬、あるいは動物さえも、もはや其処には存在しなくなってしまった、と感じている。


私自身が「大人」というものの感受性を定義するならば、それは「さようなら」や「こんにちは」を言うことができる存在、そういうものだと捉えている。小津やジョン・フォードの映画の中では、常に大人が「さようなら」、「こんにちは」といった言葉を発している。


フリッツ・ラングの『ムーンフリート』では大人になるための修行が描かれている。大人になりたい少年と社会の周縁にいる盗賊の大人によるこの冒険映画は、最後に「さようなら」を言うために存在している。私が言いたいのは、すべての映画は「さようなら」という言葉を発するための修行ではないか、ということだ。「さようなら」という言葉は決して悲しいイメージではない。小津安二郎の最後の作品は、「さようなら」を実人生においても映画においても描いていた。そこでは「さようなら」はむしろ幸福と関わっていた。


大人になるということは何かを前にして責任があるということを示している。ただ今日のほとんどの映画は責任を無視している。映画を作る際に責任はやりすごされている。それに対し、これはオカシイ、これは違う、ということを言うことも、大人になることの責任と結びついている(この講義の中でこの文脈で現在海外映画祭の寵児『ハンガー』のスティーヴ・マックイーンを批判していた。ペドロ・コスタ曰く「彼はまったく映画が分かってない。小津など見たことがないのだろう」)


私自身が多くのインスタレーションに感じるのは、最後までやってないじゃないか、責任を果たしてないじゃないか、ということだ。一般的にインスタレーションではアイディアが先行される。そこで描かれているものは、断片であったり、不連続なものであったり、反復というものの概念、それ自体へのクリシェだったりする。もちろん例外はあるが、インスタレーションのほとんどは、内在しているコードだけで成立しているようにみえる。映画というものは、たとえ破壊を描いていても、建設をするものだ。建設をするということは、主張をするということ、つまり仕事をするということだ。


ジャック・リヴェットの書いたテキストの中に、フランク・キャプラの『或る夜の出来事』についてのテキストがある。ジャック・リヴェットはモダンアートやアヴァンギャルドに精通した現代的な映画作家だが、現代の映画作家を語る際に『或る夜の出来事』という古典映画を取り上げている。1930年代、40年代においては物語るということ、ヒステリーやメランコリーといった感情、多面的な集合体が、1時間半の中ですべて処理される。リヴェットは今日の映画作家には、こういった技術はなくなってしまったと書いている。たとえば目の前の人が立ち上がって出て行く、そのことだけを描くために私が映画を作ったならば、5時間はかかるだろう。では映画を撮るということはどういうことか。リヴェットの書いたように、それは1ミリごとに考えること、手が動くことはどういったことかを考えていく、そういうことなのだと私は思う。その必要性は今日では忘れ去られてしまっている。それはリアリズムとは異なる。たとえば小津はそういうことができた作家だが、私たち現代の映画作家にはそれが分からないのだ。(*ジャック・リヴェットフリッツ・ラングについて書いた『手について』というテキストにはこのことの本質が詰まっている、とペドロ・コスタの補足)


かつては目の前にあるモノとの距離や関係性というものが成立していた。そのことをラングや小津や溝口といった映画作家は理解していた。小津の映画では小さなオブジェや窓といったものが役者よりも重要な意味を持つこともあった。これはラオール・ウォルシュも同じだ。このことから現代において私が映画を撮る際に大事にしているのは、エキストラの存在だ。エキストラはただの通りすがりではない。古典的な作品、たとえばジョン・フォードの映画では、ジョン・ウェインの後ろを通り過ぎるだけの2人はジョン・ウェインと同じくらい大切な存在だ。たとえばエキストラが病気になったら私は撮影を止めざるを得ない。私はそういうスタンスで映画を作っている。そのエキストラがいなければ私の映画は成立しない、という敬意をもって私は仕事をしている。


     ――――――――――――――――――――――――


諏訪監督の言葉


「前回の講義から一年、ここには時間というものが生まれた。一年前にもこの教室で、ペドロ・コスタを囲んだ講義、ディスカッションがあった。ここに記憶というものが生まれた。この間の時間をどう過ごしてきたか。すぐに答えが出なくても、時間をかけて考えていくことも必要なんじゃないだろうか」


―――拍手―――


今回の講義で思わず涙ぐんでしまったのはペドロ・コスタの「さようなら」「こんにちは」のくだりだった。「さようなら」「こんにちは」。思い返してみれば、自分の好きな映画にはそんなシンプルな挨拶がたくさんあったな、と、どんどん記憶がよみがえる。小津安二郎(先日北鎌倉のお墓に行きました)の映画は元より、相米慎二『お引越し』の「おめでとうございます」、タイトルがそのものなジャック・ロジェの『アデュー・フィリピーヌ』、新しいところでは瀬田なつきの『あとのまつり』は、「はじめまして」を繰り返し挨拶していたなあ、などなど・・・。「大人」というシンプルなキーワードで、このような豊かな言葉が出てくることにも驚きだが、この質問を考えた方のそのシンプルさも美しいと思った。こういう質問はなかなかできるようなものではない。一番大事なことは、ペドロが繰り返し言うように、そして昨年の諏訪監督の言葉の通り、それぞれがここでの体験や言葉を持ち帰って、日々の中でそれと関係性を築くことなのだ。「さようなら」「こんにちは」がきっちり言えるような、責任をとれる大人にならなきゃね。


追記*どういう流れなのかnatsudaneマジック(レポに協力多謝!)によって部外者なのに講義後の打ち上げにも参加させていただきました(すみません!)。諏訪監督にとても貴重なお話が聞けました。感謝。